各公演について詳しくはリンク先でご覧いただくとして、やはりひとつ取り出して語られるべき焦点は秋の「スペシャルオーケストラシリーズ」になるだろうと思う。今年は10月にノット&東響の「グレの歌」を、そして11月にパーヴォ・ヤルヴィとロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団、アンドレス・オロスコ・エストラーダとウィーン・フィルハーモニー管弦楽団、ズービン・メータとベルリン・フィルハーモニー管弦楽団が立て続けに登場する、これ以上はなかなか想像できない程の濃密さであったが2020年はどうか。結論を言ってしまえば喜ぶべし、来年もいずれ劣らぬ三つのオーケストラがミューザの舞台に登場してくれる。10月3日にサー・サイモン・ラトルとロンドン交響楽団、11月に入ってワレリー・ゲルギエフとウィーン・フィルハーモニー管弦楽団とバイエルン放送交響楽団(指揮者未定)のコンサートが予定されている。
ここでまず触れなければいけないのはバイエルン放送交響楽団について、だろう。印刷されたパンフレットや、リンク先でご覧になった方もお気づきのとおり、この公演はマリス・ヤンソンスの指揮で予定されていたものだ。聴衆からも音楽家の同僚たちからもますます尊敬を集めていたマエストロの訃報は多くの方がご存知のことと思う。ミューザ川崎シンフォニーホールのサウンドをこよなく愛してくれた、かつて「アルヴィド・ヤンソンスの息子」として、オスロ・フィルハーモニー管弦楽団を率いる注目の若手として現れ、昨今では押しも押されもせぬ巨匠となった彼が、このホールに次に登場することはない。
12/7に訪れたミューザ川崎シンフォニーホールでは、彼の生前の写真を掲出してその死を悼んでいた。
「ミューザのような素晴らしいホールをこのオーケストラのために」と尽力していたさなかの死は無念であろうと想像する。また、PDFデータ版からマエストロの写真と予定されていた曲目を削除しなかったことからも察せられる、ミューザ川崎シンフォニーホールの無念も如何ばかりか。バイエルン放送交響楽団とコンセルトヘボウ管、ふたつのオーケストラと見事な演奏を、最高のホールで披露してくれた相思相愛とも言えたヤンソンスとミューザ川崎シンフォニーホールの関係は、予定されていた来年には続かなかった。もう彼のブラームスは聴くことが出来ない。奇しくも彼の亡くなった日の、一年後が公演予定日だった。
ヤンソンスと同様にこのホールを愛してくれている(そして地元にミューザのようなホールを作ろうと奔走している)サー・サイモン・ラトルが現在率いるロンドン交響楽団との初のミューザ公演に、マーラーの交響曲第二番を用意していたことに、なんとも言えない感慨を覚えるのは私だけではないだろう。ラトルにとって指揮者を目指すきっかけの一曲であり、愛するホールの聴衆に自らのパートナーを紹介するために選んだのがこの作品であることは想像に難くない。ラトルにとってもマーラーの第二番は特別な作品であるし、それを東京公演ではなくミューザに持ってきてくれることの意味はそれだけでも十分に重いものだ。ラトルとロンドン響の新時代が活気あることは前回の来日公演を会場で聴いて、また放送や録音などで見知っている方も多いことと思うので、この公演への期待はそれだけでも高いものとなる。長年のファンとしても、来年の最大の注目公演としてフォントを大きくして書いておきたい。
だが、このタイミングでこのプログラムが発表されることに、ついヤンソンスのことも考えてしまう。ベルリンを退任後にバイエルン放送響との録音もしているラトルが、彼の死を悼むために用意したプログラムではない、そんなことはわかっていてもつい考えてしまう。これはラトルとヤンソンス、現代を代表するマエストロたちがミューザに寄せてくれる愛がなせるめぐり逢わせ、なのだろうか。
今年はサマーミューザにPMFオーケストラと登場したゲルギエフがウィーン・フィルと何を聴かせてくれるかは調整中とのことだが、現在マリインスキー劇場管と素晴らしいチャイコフスキーを披露しているというマエストロがどんなプログラムで私たちを驚かせてくれるか、期待しよう。
なお、前述したとおりロンドン響(10月)からウィーン・フィルとバイエルン放送響(11月)の間には短くない空白があるように見えるが、この間にはノット&東響の「ペレアス」・「トリスタン」定期やモーツァルトマチネ(リゲティまで演奏!)、名曲全集(矢代秋雄!!ブルックナーの第六番!!!)もあるので、否応もなく充実した演奏会が二ヶ月も続いてしまうのである。サマーミューザと並ぶもう一つの”高峰”は、来年も相当な高みに私たちを導くことだろう。
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恒例のシリーズ公演の中で、大きめの変更が行われるのはランチタイム/ナイトコンサートだ。同じアーティストが趣向を凝らしたプログラムで昼・夜の二回公演で(しかも廉価で!)楽しませてくれていたこのシリーズは、新年度には基本的にランチタイムコンサートのみのシリーズとなり、一部の公演で別シリーズとして行われてきた「ワインBAR」シリーズとして併催される。また、ミューザ自慢のオルガンを披露する機会となるランチタイムコンサート(4、7、11、翌年3月)ではオルガンツアーも新設されて、日頃は見られないミューザの舞台裏を回れるということなので、ミューザファンの皆様には続報をお待ちいただきたい(来年1月に詳報予定とのこと)。
また、年明けて2020年1月から始まる「MUZAスペシャル・ナイトコンサート」の新シーズン(2020年6月~)も発表されている。スライド・モンスターズにナベサダのビッグバンド、ザ・キングズ・シンガーズと、日頃のミューザに登場する顔ぶれとは一味違う面々のサウンドがこのホールにどう響くか、注目しよう。
他にもいくつもスペシャル・コンサートが発表されたが、中でも注目したいのは聖金曜日の翌日にバッハ・コレギウム・ジャパンが披露してくれる「マタイ受難曲」だろう。残念ながらミューザ公演はないのだが、鈴木優人が東響とメンデルスゾーン版を披露した直後のタイミングで鈴木雅明がBCJとオリジナルのマタイを、ミューザで披露してくれる。あの劇的にすぎるとまで当時は評された作品がミューザでどのように響くものか、大いに期待したい。
そんなわけで、新シーズンもミューザ川崎シンフォニーホールはその響きに見合う、素晴らしい音楽家たちが続々と登場してくれる。一人でも多くの人に、その最高のサウンドを体験してほしいものだ、といつものように感じた私である。今シーズンの公演もまだまだ続くので、ぜひ川崎駅前のミューザ川崎シンフォニーホールに足をお運びいただきたい、と一人の市民として申し上げよう。
追記。公開後にバイエルン放送協会のこの動画を見つけた。冒頭メータ、ラトルと続くのがまた、何かのめぐり合わせに思えてしまうのだった。
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