2016年8月1日月曜日

きっと往年のあれはこういう ~東京フィルハーモニー交響楽団 第883回オーチャード定期演奏会

こんにちは。千葉です。

夏バテからのリハビリで、編集機能を発揮せず書きます。…ぼかさずにはっきり書くと「思いつくこと思い出せること全部、ダラダラと長く書きます」です、すみません(笑)。

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さて伺いましたコンサート、おそらくこの日受け取った感触は9月の公演紹介で参照しそうには思いますが、単独の記事に残すべき価値ある公演でしたのでここに。

●東京フィルハーモニー交響楽団 第883回オーチャード定期演奏会

2016年7月24日(日) 15:00開演 開場:Bunkamuraオーチャードホール

プッチーニ:歌劇『蝶々夫人』(演奏会形式・字幕付)

指揮:チョン・ミョンフン

合唱:新国立劇場合唱団
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団

キャスト:

蝶々夫人(ソプラノ):ヴィットリア・イェオ
ピンカートン(テノール):ヴィンチェンツォ・コスタンツォ
シャープレス(バリトン):甲斐栄次郎
スズキ(メゾ・ソプラノ):山下牧子
ゴロー(テノール):糸賀修平
ボンゾ(バリトン):志村文彦
ヤマドリ(バリトン):小林由樹
ケイト(メゾ・ゾプラノ):谷原めぐみ

チョン・ミョンフンをオペラ指揮者として認識しながら(かつてバスティーユ・オペラとしてパリ・オペラ座が大々的にプロモーションされたころに彼を知った、そういう世代なのです)、なかなかその実演に触れる機会がなく。ついに得られたこの機会は演奏会形式ながら期待しかない公演は、前々日のサントリーホール公演が早々に完売し、こちらのオーチャードホール公演も当日までには完売しておりました。さもありなん。

新国立劇場の舞台に多く触れ、かつアンドレア・バッティストーニのリハーサル&コンサートを取材する中で「なるほど東京フィルはイタリア・オペラを得意とする、オペラハウスのオーケストラのような性格が強いのか」と感じられてきたので※、このめぐり合わせ自体は大歓迎ですし、千葉は「蝶々夫人」を名作と断じる者でありますので、この演奏会は大いに楽しみにしていました。予習として、IMSLPからスコアをダウンロードして、お気に入りのロス・アンヘレスの盤を聴き直して(この盤、何がいいってユッシ・ビョルリンクのピンカートンが「バカだけど悪いやつには思えない」真摯な歌唱なので何を歌ってもいちいち怒らなくて済むのがいい←酷い評価基準ですが、ピンカートンだけは何かに障るものがある系男子なので許してください)。スコアを見ると、割と何の変哲もないイタリア・オペラのスコアっぽいのにあの音がするあたりがプッチーニの技なのでしょう、とは思うがまだ踏み込んで書くほどの認識ではないので機会があればまた(後日きっと、必要に駆られて「ラ・ボエーム」のスコアも眺めなければならないでしょうから)。

※もちろん、個人的な感触なので誤っている可能性はあります。あえて言うならば「東京フィルと同様に多くその演奏を取材して、同じく新国立劇場のピットでも活躍する東京交響楽団との比較において」とより正確を期した注釈をしてもいいかなと思います。首都圏のオーケストラ、それぞれの個性を紹介できるよう精進しますよ。

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そんなわけでそれなりに準備万端で伺いましたよオーチャードホール。渋谷駅の雑踏が恐ろしいので神泉駅で降りて一路Bunkamuraへ(駅前のうるささは、たまに行くとあの環境を許した人の正気を疑う水準です。その喧しさをアトラクションと感じているのか、欧亜問わず多くの外国人観光客がいたのはなんというか。あと、お嬢さん方のメイクの雰囲気が比較的よく行く新宿とは違うのかな、とか思ったりして、渋谷も変わったものだとか訳知り顔をしてみたくなり申した)。

久しぶりのオーチャードホールの舞台には、前方に幾つかの椅子と平台があり、そしてふだんはピットにいて見えないプッチーニのオーケストラがみっしりと居並び、その後ろに合唱席が用意されていて、これが既に見ものなのです。特に打楽器。弦楽器の編成が大きめなのはピットのサイズからくる制約がないからこそ、でしょうけれど、プッチーニはワーグナーに影響を受けた世代の作曲家なのよねえ、と開演前からしみじみと思うのです。そう、流麗なメロディに心動かされるドラマはもちろん魅力だけれど、それに加えてオーケストレーションの巧みさがね。舞台にオーケストラが乗った状態であればストレートにその響きが客席に届くわけで、プッチーニの技を存分に楽しむのに不足はない。というところまで書いて、ようやくコンサートは始まります!みんなー、着いてきてるかなー?(

念願かなって聴くことができたチョン・ミョンフンの音は、冒頭からしばらくその精度の高さ、音楽の流れの良さに感心しながらもちょっとだけ「あれ?」と感じた部分がありました。冒頭からしばし、音楽自体は淡々と進むんですよこれが。ことさらにゴローを変な人にしないし、アメリカ人二人も落ちついて会話しているようなトーンに収まっていまして。そして肝心の東京フィルの落ちついた音色はこれまで聴いたことのない、クリアなのにどこか影のある感じの独特の感触、通常のオペラ上演ほど多くのリハーサルはできていないだろうにここまで音を変えてしまうのか、オケは変わってしまうのか……などと考えながら聴いていた、その気分が変わるのに時間は要りませんでした。蝶々さんご一行が現れる、その瞬間に舞台が彩りを得たその瞬間の美しさときたら。もう。
そう、男たちはこの瞬間まで植民地相手丸出しのお取引をあたりまえの、つまらないこととして淡々と進めていた、それがいざお相手の登場となった瞬間に文字どおりに色めき立ったのだ。その情景が音だけで美しく示され、その瞬間に聴き手に伝わる。なるほど、これがいまやスカラ座でヴェルディを任せられる指揮者の仕事か!と目が醒めるような思いをいたしましたよええもう強かに。

そして登場した蝶々さん、ヴィットリオ・イェオは鮮やかな和装もお似合いで、歌っていなくてもつい見てしまうほどの存在感。それ故に、このセミステージ形式がまるで舞台上演であるのかのように感じられてくるのはこの作品が圧倒的にヒロインにかかる比重の大きい作品だから、ということはもちろんあるのだけれど、それでも彼女の存在感は素晴らしい。
ちょっと先走ることになるけれど、スズキ役の山下牧子も小間使いの和装で蝶々さんとともに活躍するから、二人の場面はもう完全にオペラ上演ですよ。第二幕とかもうどうしろっていうのよ(泣)。そんなわけで、存分に「蝶々夫人」を堪能したことでした。

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もういい加減長いのだけれど、最後にちょっと余談を。

地方にいた千葉青年はバーンスタインの没後それなりにクラシックの人になりまして(それまではCDをよく聴く方の吹奏楽の、テューバの人でした)。クラシックの雑誌なんかも読むようになれば「東京にどんなオケが来ているか」とか「話題のオケ公演はどんなものか」とか、そういう知識は得られるようになります。
ちなみに年に何回か上京して都度コンサートに行くようになるのは20世紀も終わろうか、という頃のこと。その頃にはまず「マーラーの交響曲が演奏されること」を条件にコンサートを選んでいたから、オペラは選択肢にならず。仙台に来たブルノのオペラが上演した、演出に何の特徴もないいわゆる巡業用のプロダクションで「ドン・ジョヴァンニ」を聴いたのもその頃のことだけれど、それで「東京でオペラ見よう!」とは考えませんでしたねえ…そんな遠くから望見していた時期の事なれば、「リング」を引っ越し公演で上演していようが「炎の天使」のヤバい上演とか、それこそ新国立劇場の開場も遠い話でしかなく。

である以上、当時の常任指揮者、若き大野和士の元でなかなか舞台では上演できない数々のオペラ作品をコンサート形式で演奏した東京フィルハーモニー交響楽団の往年の名企画「オペラ・コンチェルタンテ」も知識として知るのみでした。この日、舞台前方の平台ほかを活かしたちょっとした演技(いや、蝶々さんは完全に演技もされていましたね)、そして照明だけの簡素ながら作品の魅力がよく伝わる演出でプッチーニの音楽をそのままに伝えてくるような演奏を聴いていたら、ちょっとだけ「十数年後に経験できるから酸っぱい葡萄とか思うなよ」とかつての自分に教えてあげたくなりました(笑)。

ではまた、ごきげんよう。

2016年7月27日水曜日

もしかして、ですが~フェスタサマーミューザ オープニングコンサート

こんにちは。千葉です。

なんと言いますか、梅雨が明けないと楽器を吹くタイミングが掴めなくてちょっと困ります(屋外で、川っペリで吹いているから)。いやだいぶ困ります。この前こんな記事を見かけたからなおさら楽器が吹きたいのに、というのは冗談ですけど。練習しないと単純に下手になっちゃってつまらないですからね…

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それはさておき、聴いたコンサートの感想をば。単体で記事化できそうもないものはこうして残しますね、特にも現在第三シーズン絶賛コンプリート中のノット&東響の公演でしたので。

●フェスタ サマーミューザ KAWASAKI 2016 東京交響楽団オープニングコンサート
  ※リンクはフェスティヴァルのトップに貼ってます。毎日更新される情報があって楽しいのでぜひ御覧くださいませ

2016年7月23日(土) 15:00開演 ミューザ川崎シンフォニーホール

指揮:ジョナサン・ノット
管弦楽:東京交響楽団

ヴィラ=ロボス:ニューヨーク・スカイライン・メロディ(1939)
アイヴズ:ニューイングランドの三つの場所(1929)
ベートーヴェン:交響曲第六番 ヘ長調 Op.68 「田園」

プログラムについては、ノット本人がインタビューで解題してくれていますので、そちらをお読みいただくのがよろしいかと。いつも記事の方でしているような深読みをするのもいいですけど、今回は素直にそのまま、取材も予習もしないでただ演奏を楽しんできました。素晴らしかったです。

とすっとぼけから入りましたが、例によって刺激的な演奏はぼんやり受け身でいてはもったいないものでした、ちょーっとあれこれと書いておきます。もしかすると第三シーズンの中でもひとつのマイルストーンを超えたかも、という演奏会でもありましたし。

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「よろこび=歓喜」をテーマにしたとノット自身が語るプログラムは、例によって素朴なものではない。当日会場で配布されたプログラムでは「風景」をキィにこのプログラムを読み解いていたけれど、あえてさらに別の読みを示すならば時代を超えて示される「居場所」だろうか。
ニューヨークの摩天楼の形をそのまま方眼紙に書きとって音符へと変換したというヴィラ=ロボス作品、そして自らの居場所をコラージュで描き出すアイヴス、そして近隣の田舎への小旅行に託して様々な心情を描くベートーヴェン。ある場所に居ることで喚起される感情をそれぞれの手法で描いた作品を集めたプログラム、と読めなくもない。ような。

前半の作品に馴染みのあるお客さまはほとんどいらっしゃらなかったでしょう、千葉も実演は初でした(録音だって、ヴィラ=ロボスは手持ちがないし、アイヴスもそう回数を聴いているわけではない)。でもこの日の演奏が最高に楽しいものだったことは聴いた人誰もが同意してくれるはず。…いや、耳慣れない響きに戸惑われた方も多かったと思います言い過ぎましたごめんなさい(笑)。

千葉はですね、ヴィラ=ロボスは音楽的には捉えきれないままに終わられてしまった感じがあります。三分程度の作品で聴きにくくはないけれど、「どんな感じ」と掴む前に次の曲へ。ここでアタッカにできなかったのはまあ、いいんじゃないでしょうか、お祭りですし。今回は昨年11月ほどコンセプトを周知したわけでもないので。

で、アイヴスの作品ですが、考えてみても実演で聴いた記憶がない。もしかすると「答えのない質問」くらいは聴いているかもしれないのだけれど、強い印象は残っていない。けれど、この日の演奏は違いましたねえ。ミューザの音の、独特の解像度の高さも相まって空間的にも楽しい演奏となったのは好印象でした。東京交響楽団の音程の良さ(気が抜けた音がするようなことがない、位の意味です)もあって、アイヴスの音楽的コラージュの破壊力がそのままに伝わることの楽しさたるや。.第二楽章のマーチの乱入には吹き出しそうになりましたし(我慢しましたよ!ほんとうです!)、第三楽章の高揚には「キューブリックは”2001年”にこれを使うべきだったな」と感じておりました。オルガンをも交えた大編成、弦セクションを分割して創りだされる精緻なカオス、こればっかりは録音で聴いてもつかめないものです。

いやあ、このプログラムがフェスタ一回しかないのがほんとうに惜しい(それもあって、予習もできない状態から無理やり聴きに行きましたよ)。
ですがこういう時はジョースター卿に倣って逆に考えましょう(おい)、「もしかするとまだ予定されていなかった公演が、フェスティヴァルのおかげで実現した、と考えるんだ」と。これはもしかして、本来はもう少し先に予定されていたベートーヴェンへの本格着手の、その第一歩なんじゃないのかな、と。ベートーヴェンの全集が完成した後に、「あれは前奏曲だったのだ」と思い返される公演だったのでは、とコンサートから日が経つにつれて千葉には感じられてきました。

今回演奏された「田園」、よくも悪くも名曲すぎてその前時代的な標題音楽であることの風変わりな性格や、音楽の仕掛けの多さがどこか見逃されがちである、ようにノット&東響の演奏の後では思えてしまう。前の時代の標題音楽に、そして後の時代の「アルプス交響曲」にもつながる内面的ドラマを描く作品であることがわかってしまった後に、普通の泰西名曲としてこの作品が聴けましょうや(反語)。
ただねえ、今回本当に予習も取材もなかったもので、細部についてはいま書くのが難しいんです。先日ブルックナーの記事で書いた「楽譜の読みに支えられた、しかし融通無碍なアプローチを方法論的にまとめるのは難しい」というノットの演奏評価は本心です。演奏を聴いている間、「ああこんな音に」「そんな繋ぎか」「なんというバランス」「この内声!!!」とか随所で驚き、笑い、つい空を見て涙目になったりと実に忙しく楽しく演奏を聴きました。いわゆる「田園」、いわゆる「運命」に負けない新しい音楽だったんですねえ……

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音楽監督として、ジョナサン・ノットはオーケストラを信頼する一方で課題を出していくのだ、という話を団の方から伺ったことがあります。その課題を受けて団員各位が考え、試し、そして成果を出してきたから今の東京交響楽団の好調がある。
その経緯を見てきたから、と偉そうに申し上げるのではありませんけれど、先日のブルックナーの名演は到達点ではなく次の段階の入口を開くものだった。そういう評価になりそうな、そんな予感がしています。

おそらくは東京交響楽団は先日のベートーヴェンで新たな課題をノットから渡されて、これからのノット不在の演奏会の数々の中でそれを消化して、10月にはまた一回り踏み込んだ演奏を行ってくれる。その日はもうそう遠くない、というのはこの前の記事に書きましたけれど、きっと聴き手の私たち以上にオーケストラの皆さんがその時間のなさを感じていらっしゃるはず。
しかし、以前「ノット監督の指示は他の演奏でも活きるもので、それを消化すれば間違いなくオーケストラが成長すると確信している」とも団の皆さんが語っていらした、東響の積極性は信じるに足るものです。必ずや一回り深化した「ノット&東響」になって、欧州ツアーを成功させることでございましょう。嗚呼今から10月定期の取材が楽しみです。…その間に何回も伺いますけどね!(笑)

まずは、今度の定期かな…(いま切り口製作中。ポポフの交響曲第一番、割と面白く紹介できそうです←珍しく自画自賛←まだ書いてないくせに)などと考えつつ、本日はここまで。ではまた、ごきげんよう。

2016年7月23日土曜日

書きました:ノット&東京交響楽団、上り調子のまま「世界」へ

こんにちは。千葉です。

これも書いた記事の紹介なのです、が。

●ノット&東京交響楽団、上り調子のまま「世界」へ

先日の定期演奏会、ブルックナーの交響曲第八番プログラムの話、そして10月定期の話をしています。もう一週間前のことなんですね、まだ頭のなかではブルックナーの断片がぐるぐる回っているのに。

ブルックナーの公演以外もオススメだというのはこれまでもご案内のとおり、ですが10月定期は直前まで迷っていると完売しちゃうよ?という気持ちを込めて書きました(割と本気)。ちなみにショスタコーヴィチの交響曲第一〇番、ロジェストヴェンスキー&読響と時期的に近いんですよね。完売しそうだからまとめた記事は難しいかな…ま、なにか書くでしょう。

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さて、記事をお読みになったあとに「あの件に触れないの?チキンなの?バカなの?」と思われる方もいらっしゃるでしょう。もしかすると「千葉ほんとは聴いてねえんじゃねえの?話作ってんじゃねえよ」くらいまで思われるのかな。
別にどう思われてもいいんですけど、千葉はちゃんと土曜の公演を聴いていますし(四楽章からのサウンドの変化、リハーサルとは別物でした。他にも公演でないとわからなかったことは挙げられますけど、まあ半分冗談なので一個でいいでしょう)、あの件に対してもそれなりの悪意はあります。千葉がその昔戯れにシリーズのつもりで書いて一回で終わってしまった(おい)ブログ記事を確認してみたけれど、やっぱりああいう行為に対して好意的ではないですね。

「マイクが立っているとスイッチが入るタイプの何かなのだろう」とは思うし、「俺が名演だと最初に見做してやろうありがたく思うが良い」的なマウンティングでもあるのかな、とも感じる。そして何より、公演当日には「あちゃーせめていい声が出なかったものかね」と思いましたわ、ええ。声楽家並みの美声でやられていたら、もしかするともう少し怒りも小さかったかも、ですよ。冗談抜きで。あんなへなちょこな声が出てしまったことを、せめてトラウマに感じてくれるといいですねあの男性。

でも、ですね(デズデモーナっぽい文字列)。あの演奏があの程度のことで「台なしになった」まで言われている方が多いことが、千葉には解せない。「うわ」「あちゃー」「なんだこいつ」、他ほかいろいろと思いましたけど、それであの演奏が消えますか?まさか。
少なくとも「あの演奏会について」千葉が何かを書き残すとき、あれは本筋ではなく、脇筋にすらなくてもいいエピソードです。だから、記事では触れませんでした。異論は認めますが、それが千葉の選択でした、ということで。

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良いマナーというものがそもそも、あってほしいものではあるけれど絶対に期待できるものではない、という諦めが根本的にあるのかもしれません、千葉の場合。今までで一番失望したのは、前に何処かで書きましたけど「マーラーの第九番終楽章の最後二ページ、ピアニッシモの連続の真っ最中にアラームと思われるエレクトリカル・パレード音楽が近所の携帯から」というものでした。その時の失望たるや、と言いたくもあるけれどその時は演奏がむにゃむにゃ。これは余談。

まとめますと、ですね。あれの話は表ですることだとは思っていない、または演奏会とは別に記事として書くのでなければ演奏に対して失礼に当たるのでは?という判断で、記事では書きませんでした、というお話でした。あの人だって、聴いている時には音楽を聴いていたんだと思いますよ。もちろん最期の瞬間にああ振る舞うことに同意なんてしませんけどね。

ということで、記事には書かなかった部分の話がメインになるご案内でした。まあ、正しくB面の仕事と言えなくもないですね、あはははは。
そんなわけで、まずは今日のフェスタサマーミューザKAWASAKI、そして10月のコンサートで、音楽の話をしましょうね、ってことで。ではまた。

2016年7月22日金曜日

書きました:シンフォニーと『蝶々夫人』で魅せるチョン・ミョンフンと東京フィルハーモニー交響楽団

こんにちは。千葉です。

ご紹介が遅れて申し訳ない!とは思いつつ、実はここで紹介したうちの前半のコンサートは完売だったので!許してください!(もっと根本的な問題があるとは考えないのか君)

●シンフォニーと『蝶々夫人』で魅せるチョン・ミョンフンと東京フィルハーモニー交響楽団

5月の定期のように取材して記事を出すところまではできませんでしたが、どうしても紹介しておきたく思いまして東京フィルハーモニー交響楽団の定期演奏会を紹介しました。

記事にも書きましたが、チョン・ミョンフンは現在のミラノ・スカラ座で次々とヴェルディ作品を任されています。先日の「シモン・ボッカネグラ」、来シーズンの「ドン・カルロ」と重要な作品を振っている時点でその重用は明らかでしょう。
そして千葉が彼を知ったのも、記事に書いたとおりバスティーユ・オペラのマエストロとして、でした。であれば、この機会をより広くお知らせしないわけにはいきますまい。ということで書かせていただきました。日曜の公演ならまだ完売アナウンスがありませんので間に合うはず。ということで、日曜はBunkamuraで僕と握手!だよ(はあと←媚びるなキモい)

渋谷か、行くの怖いなあ(みんな歩きスマホしてそうだから)、などとぼんやり思いつつひとまずはこれにて。ではまた、ごきげんよう。

※追記。公演当日には「全席完売」のシールがポスターに貼られてました。流石と云いますか。公演の感想はまた後日。

2016年7月21日木曜日

書きました:高関健が示す、ショスタコーヴィチの「ふたつの顔」

こんにちは。千葉です。

夏はやっぱりソヴィエト音楽だよね!というキャンペーンを勝手に張ろうかと思い始めました、この記事を書いてからの後付ですけれど。なにも上坂すみれのファンになりかけてるとかそういうことではないのですけれど(でもコンレボはいいぞ。騙されたと思って全24話見てください)。

●高関健が示す、ショスタコーヴィチの「ふたつの顔」

高関健は以前から多くショスタコーヴィチを演奏されていますし(さすがに井上道義ほどではないけれど)、なによりモダンな作品に強い印象があります。今度は京都市交響楽団で面白い公演にも出られるようですし(記事にするかもなのでぼんやりですみません。リンク先参照)。

そんな彼が、一月の間にショスタコーヴィチの交響曲第五、第一五番を続けざまに取り上げるのがなかなか興味深いなと思いまして紹介した記事です。

残念ながら東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団の公演は終了していますが、神奈川フィルハーモニー管弦楽団の公演はこれからです。しかも、28日の公演に向けたリハーサルが26日、27日と連日公開されるんですよ神奈川フィルハーモニー管弦楽団。それも今回だけじゃなく、定期的に。詳しくはリンク先にてご確認くださいませな。

なんでも、東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団様の演奏会では冒頭に置かれた「タヒチ・トロット」をアンコールでもう一度演奏された、とのこと。ああ、それなら一つの演奏会でショスタコーヴィチの顔はふたつ、印象に残ってしまいましたなあ…とか後になって思いました。
ショスタコーヴィチの場合、作曲時期(社会情勢、党の動向含めて”時代”と言っても大げさにはならない)やジャンルでもまったく違う顔を見せますからね…千葉は「やんちゃ」(軽犯罪的ではない)時代の音楽が特に大好きですよ。ロシア・アヴァンギャルドが好きなだけなんですけど。

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千葉がよくレポートしておりますオーケストラのリハーサルですが、これはオケにかぎらず合奏経験があれば絶対に興味深く見られるものです。そう思っていなくて、こんなに何度も取材しましょうか(いやしない)。音楽をどのように創りあげるのか、その過程を拝見することはいま現在何らかの形で音楽をされている方には勉強になりましょうし、そうでない方にもコミュニケーションを生業とする音楽家たちの仕事の現場は楽しめるはず。

そして何より、リハーサルの現場からはそこで取り上げられる作品について、まさにこれから演奏会に乗せようという音楽家がどのように捉えているかが垣間見えます。コンサートに”試食”はないけれど、リハーサルを見学できればどんな演奏会となりそうか、当たりをつけることくらいはできます。いやそこまでの興味がなくとも、オーケストラの音が変わっていく現場というのは面白いものですよ?

ということで、28日の神奈川フィルハーモニー管弦楽団の定期演奏会に向けて公開リハーサルを一回見に行きたいような気になってきている千葉なのでした。かながわアートホールは保土ヶ谷だから、ちょっと簡単に行けるわけでもないけど、どうしようかな…

ともあれ、記事のご紹介でした。なぜか2015年11月のジョナサン・ノット&東京交響楽団からはじまって、2016年3月のエリアフ・インバル&東京都交響楽団、つい先日のアレクサンドル・ラザレフ&日本フィルハーモニー交響楽団と充実した演奏が続いて、今回の高関健と神奈川フィルハーモニー管弦楽団と、一連の流れで続いているショスタコーヴィチの交響曲第一五番をよろしくお願いいたします!皆さまのご支援が力になります!(この前選挙カーに遭遇してしまった影響)ではまた。

2016年7月12日火曜日

書きました:7月の「ノット&東京交響楽団」も聴き逃せない

こんにちは。千葉です。

今度は寄稿できた(…)記事を紹介しますよ!

●7月の「ノット&東京交響楽団」も聴き逃せない

これは一般化できると思うんですが、なんらかのポストにある、つまりオーケストラに対して明確に責任を持つ指揮者との演奏において最良の結果が示せるとき、そこは状態がいいんですよ。ラザレフの日本フィルしかり、そしてこの記事に書いたノット&東響しかり。
(ここでお名前を挙げていない他の団体については、まだ多くを聴いていないから確信を持って触れられないだけです。きっと千葉の知らないいい関係のオケがもっともっとたくさんある、はず)

東京交響楽団のコンサートは基本的に聴き逃せないものが並んでいるわけですが(ただのファンか、ってか自分もすべて行けているわけではなかろう。伊福部…)、やはり音楽監督やレギュラー陣との公演は外してはならないのです。そのプログラムがブルックナーの交響曲第八番だったりすればなおのこと。

という話を書きました。
ブルックナーの第八番、大きい曲ではあるけれどわかりにくいことはないと思うので、知らない方もぜひ気軽に会場に足を運んで、その威容に圧倒されるといいですよ!実演からこの曲に入れるなんてうらやましい!(といいながらここ数日スコアを眺めている千葉であった)

なお、サントリーホールの定期は既に残席僅少とのこと。だから文中にも書きましたけど、横須賀芸術劇場の公演がオススメですよ、プロデューサーさん!(誰だよ)
定期的に出演している会場以外で初めて「ノット&東響」を迎える横須賀芸術劇場のサイトでは、松本學さんによる詳細な紹介記事も用意されていますので、まずは一読からでも。先日「ブラタモリ」で紹介されていた、段差のない平らなJR駅から徒歩数分の横須賀芸術劇場をよろしくお願いします!(この前までの選挙が耳に残っている模様)

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…今ちょっと確認できないのですが、ブルックナーの八番って「地獄に堕ちた勇者ども」で使われていませんでしたっけ。ラジオから流れてきたのがこの曲だったようなぼんやりとした記憶が。今このタイミングであの映画を見返すのはちょっと気が滅入るけど、さあどうしようかな…

以上ご紹介のみにて。この前レンタル屋に行って「なんでフェリーニとヴィスコンティ映画の在庫がこんなにないんだYO!」と激怒した千葉でした。ではまた、ごきげんよう。

※追記。

今回、リハーサル単独の記事はお出ししません。なので今の時点で彼らのブルックナーの第八番をリハーサルではあっても聴いている千葉といたしましては、いろいろ言ってしまいたいような、明日の演奏が終われば皆さんおわかりになることだからしばし待とうかと遠慮したり、いろいろ迷ったりするわけです。なので現時点で言えることをひとつだけ。

リハーサルでノット監督はどの楽章でもよく歌って指示を出していました。だから、というわけでもないのだけれど、この巨大な作品だけれど「積み重ねられた歌」としてみなさまに届くのではないかな、と予想しています。


データ的なことも書いておきましょうか。弦は16型、金管の各セクションにアシスタントがひとりずつ、そしてハープは楽譜の指定通りに三名です。写真にありますとおり、テューバがセンターにいてトランペットが上手側なのは、ホルンセクションがワーグナーテューバ祭だから、ですね。

打楽器の出番が少ない曲だけれど、これだけの編成だと広いミューザの舞台でもけっこうみっしり埋まります。


舞台袖に置かれたリハーサル後のスコアでございます。横須賀でのみ演奏されるモーツァルトには東京交響楽団のシールが貼ってあったりいたしました。定期演奏会は完売なので、聴きたい方は横須賀へGO!ですよ。

2016年7月10日日曜日

今このとき、「協奏四題」が再演される奇縁を思う

こんにちは。千葉です。

えー、これは残念ながら寄稿にいたらなかった、いわばボツ原稿です。ある程度までは書いたので、せっかくだから、と最後まで仕上げたものをここに載せますね。7月10日開催のコンサートのご案内です。

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この週末、ミューザ川崎シンフォニーホールで興味深い演奏会が開催される。ホール開館からの名物シリーズ「名曲全集」、第119回となる今回は伊福部昭の独奏者を交えたオーケストラ作品四曲を一度に演奏する「協奏四題」と題したコンサート。指揮は井上道義、オーケストラは当然東京交響楽団だ。
「協奏曲」とは名乗らないオーケストラ作品からなるこの独特なプログラムは、念願かなっての再演となる。前回の開催は1983年2月、まだ30代の井上と東響が取り組んだこのプログラムには、大きな意味があった。

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1935年にチェレプニン賞を受賞したことで、伊福部昭は若くして世界的に評価される日本の作曲家の先駆けとなった。しかし、その独特の作風ゆえ異端とされてしまっていた時期がある。受賞当時21歳の伊福部を高く評価したチェレプニンは作曲において民族的個性を重視していたため、欧風の作曲技法を追求していた楽壇とは相性が悪かったのだ。伊福部が賞を受けた1935年にはラヴェルもストラヴィンスキー、バルトークも健在、フランス6人組やメシアンも活躍していたことを考えれば仕方がないこと、だったかもしれない。

楽壇の評価はさておき、「銀嶺の果て」(1946)から始まった数多くの映画音楽の仕事や、東京音楽大学での職を中心に後進の教育にと活躍を続けた伊福部だが、作曲家としては一線からは少し引いた、隠居的な存在になりつつあった。しかし作曲家・伊福部昭は1980年前後に再び注目すべき作曲家として”復活”する。新作「ラウダ・コンチェルタータ」(1976)、そして代表作「シンフォニア・タプカーラ」の改訂(1954/1979)の発表に加え、「気鋭の若手指揮者」井上道義が伊福部作品を集中的に取り上げた「協奏四題」が話題を呼んだのだ。それまで楽壇の外の、ニッチな存在ともされかねなかった伊福部昭が、作風を変えずむしろより「日本の音」の追求を深めることで、70歳を前にふたたび注目を浴びるようになるのだ。「協奏四題」コンサートは、その契機のひとつと挙げられるにふさわしい、意欲的なものだった。

かつて若手としてこのプログラムに取り組んだ井上道義が、キャリアを積み大病を克服した今、33年の時を経てふたたび東京交響楽団とこのプログラムを取り上げる。独奏者は二十五絃箏の野坂操壽(1983年当時は野坂惠子)以外は現在の名手たちに変わっているけれど、30年以上の時を経て取り上げられる伊福部の協奏的作品は、ミューザ川崎シンフォニーホールにどのように響くことだろう。この会場ならば、純粋に伊福部作品の響きを楽しめること、請け合いである。

その昔「倭太鼓と吹奏楽のためのバーレスク風ロンド」を演奏したこともある私としては、ぜひともこの演奏会が成功してさらなる伊福部作品によるコンサートが開催されてほしい。舞踊曲「サロメ」、前述のシンフォニア・タプカーラ、などなどいわゆるクラシック音楽の範疇にある伊福部作品は、もっともっと知られてもいいものだ。

※今回の独奏者は以下のとおり。

マリンバ:高田みどり
ヴァイオリン:山根一仁
二十五絃箏:野坂操壽
ピアノ:山田令子


リハーサルは好調だった模様。いい演奏会を期待しよう。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆

ここからは余談だ。

井上道義が「協奏四題」コンサートを指揮した1983年には「ゴジラ復活祭1983」としてリバイバル上映が行われ、その好評は翌年の新作へ、さらに平成シリーズとされる作品群、そしてハリウッド上陸へとつながっている。そして、伊福部昭の再評価につながったコンサートが再演を果たすまさにいま、「ゴジラ」シリーズの最新作として庵野秀明監督による「シン・ゴジラ」がまもなく公開されようとしている、このタイミングも伊福部昭と「ゴジラ」の縁なのだろうか。
新作の音楽は庵野作品おなじみの鷺巣詩郎が担当するが、果たして伊福部昭による数々の名曲は使用されるのかどうか、ここにも注目してほしい(過去制作された日本の「ゴジラ」映画のうち、伊福部によるテーマが本編でまったく使用されなかったシリーズは一作しかない)。

だから、というわけでもないが、「シン・ゴジラ」を観る前に最初の「ゴジラ」を是非見ていただきたいと思う。このタイミングを見計らってか、幸いなことに7月19日(火)21時よりNHK BSプレミアムで「ゴジラ 60周年記念デジタルリマスター版」が、そして26日(火)には「モスラ対ゴジラ」も放送される。それらの作品群を知り尽くした庵野秀明はいかなる新しい「ゴジラ」を見せてくれるのか、「協奏四題」コンサートともども大いに期待したい。