2016年3月13日日曜日

KING OF PRISM(キンプリ)を見てください、いやできたらプリティーリズムから(以下略

こんにちは。千葉です。

11日に行われた新国立劇場「ヤナーチェク」の千秋楽をもって(盛況だったらしい。よかった)、無事ヤナーチェク月間も終了したので、ちょっと気分転換に映画を見てきました。見た映画は聞いて驚け、念願のキンプリこと「KING OF PRISM by PrettyRhythm」です。

まずここでおことわりを、「お前にクラシック以外の話は求めてない」と思われる方はここまででご容赦ください。ごきげんよう、また今度。

そして「むしろ検索とかでここにたどり着いたんですけど」的な人は、まあこういう人もいるということで少しおつきあいください。千葉はオーロラドリームからの「プリティーリズム」シリーズは全部見ています、ということでネタバレ等はあると思いますので、気になる方はご注意を。

また、映画の感想の最初に他所様のサイトを紹介するのも変な話ですが。千葉が「プリティーリズム」シリーズを観る中でずっと楽しく見させていただいていた「在宅アニメ評論家」さまのサイトは、これから「プリティーリズム」シリーズを見られる方に、放送当時のリアルな、しかも上質な反応をご覧いただける素敵なサイトだと思いますよ。作中で「この台詞!」とか「この曲!ショウが!」なんて思ったときに参照できる、ほんと詳細な感想ブログさんなのです(メモメモ推奨)。…さて、前置きはこの辺で。

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そんなわけでキンプリ見てきたんです。平日の午後だったのでさすがに人は少ないし、プリズムスタァ応援上映じゃなくて通常上映なので声も出さずに。

では「初見だから悶絶してわけがわからなかった」かといえばそうでもない。シリーズにはおなじみで、さらには以前から興味のあったで、ここまでのロングランとなった映画であれば情報はある程度入っていましたし(実は監督のメッセージのニコ生も見てたけど、映画館に行く時間が作れなかった、マネジメント超下手)。
もちろん、何度となく悶絶はしましたよ、特に神浜コウジはどうしたのか、いつの間にあんなセクスィモンスターになったのか。でもほら、「最高のクライマックスで、本気で泣きながら死ぬほど笑わされる」のはアニメ第一作「オーロラドリーム」からの伝統みたいなものですし、ねえ。

視聴の最低限の前提として、
「プリズムショーはフィギュアスケート的な競技で、歌とダンスとコーデで競う競技」
「プリズムジャンプは心の飛躍、…じゃなくて(そうなんだけど)、ジャンプに成功すると観衆は謎の力によって、ある種のイリュージョンを観る(場合によってはイリュージョンが実体化することもある)」
ということだけ知っていれば、実はきつちり正面から受け取れる作品なんじゃないかなあ。

っていうのは古参ぶりすぎかしらん。もちろん念願の「男子並み」プリズムショーの実現には大いに胸熱くなりましたけど、はちみつや電車が出てきてゲラゲラ笑う経験はすでにしていたもので…(笑)

では千葉は「KING OF PRISMをどのように見たか」という結論を先に書いてしまうと、千葉は「まだ存在しないTVシリーズの総集編、削られる前の尺はたぶん1クールから2クールくらい(想定は前者が2クールもの、後者はレインボーライブ並みの一年もの)」として最高に楽しく見ました。それだけの内容をほんとにギリギリまで削って、それこそなんとか”お話が成立する限界”まで削られているけれど、その全篇にこれでもかってサーヴィスが溢れた、とっても楽しい映画でした(中学生店長並みの感想)。

※セクスィモンスター、じゃなくて神浜コウジの料理紹介の長台詞が「削れるんじゃね」ネタ的によくつっこまれますけど、あれは「あの三人で親密に話せる時間(もしかするとこの話をしたらこの先はもう訪れないかもしれない時間)をどれだけ彼が大事にしているか」ってことを示すためと、お話の緩急的に数少ないテンポの遅い場面を用意したんだと思いますよ。だってあの場面であれだけ説明することで、大事な仲間のためにとっておきの具材で時間かけて最高の料理を作ってることがわかるじゃないですか。

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まずキンプリで描かれるお話を整理すると、こんな感じ、のはず。だいたいは作品の描出順だと思うけど、まだ一回しか見てないので間違ってたらごめんなさい。

・主人公、いろいろあってユニット「Over the Rainbow」(略称オバレ)のライブでプリズムショーに出会う
・主人公、見出されてエーデルローズに入る→エーデルローズの仲間に出会う
・エーデルローズの事情と、オバレの事情が交錯する
・エーデルローズには敵対的グループがいて(この流れはレインボーライブ最終回から続いている)、そこからの挑戦者が現れる⇔主人公が先輩に育てられる(描写は同時進行)
・オバレの活動停止発表で失意に暮れるイヴェント会場→先輩の意を受けた後輩・主人公がその窮地を救って終わり
・まだ何も決まっていないけれど、制作サイドが絶対に作りたい次回への予告編

これだけの、どれ一つとっても一パート~数話を使いそうな出来事が、どうしても尺を使うライブ、プリズムショー(ダンス、音楽で構成されるプリズムショーはどうしても端折れないから、削りようがないのね)を織り交ぜて総尺一時間程度で描かれているのだから、そりゃあ濃厚にもなります。断章をコラージュ的に組合わせた小説、コンデンスト・ノヴェル(濃縮小説)なんてものも世の中にはございますが、キンプリの場合はコンデンスト・アニメとでも言ってみましょうか。

でも、キンプリは時系列をいじらないし、明示されていない示唆的な描写はおそらくルヰくん周りの事柄だけなんじゃないかなあ(彼についても、まあそのなんですか、現時点でも使者的なアレ感を隠す気はないようですね←ちょっとだけ言いよどむのは、お話の先読みはしないタイプなのですこし気後れするからです)。

千葉が「KING OF PRISM」を見てこのように認識した上で、その感想をなにかに例えるなら”まだ「機動戦士ガンダム」が放送されていない時点で作られた、劇場版 I”ってことになります。

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想像してみましょう、「オバレのライブから主人公が氷室聖に見いだされる、そこにカットバックで入るルヰくんとの出会いまで」で構成された第一話を。ライブ会場にはきっと氷室聖もジュネ様を連れて来ていて、チラチラとレインボーライブの面々が放送を見ている絵が入ったり、忘れちゃいけないグロリアスシュワルツ!さんじゃなくてノリノリ法月さんが奥歯噛み締めながらテレビを睨んでる絵が合間に入るんですよ。
いや、もしかするとシンくんは第一話Bパートでエーデルローズに入るかもしれない、そこで一通りのキャラクターに出会う場面まで、そこで回想されるルヰくんとの会話で引き(ベッドでペンダントを見上げてモノローグのあと寝入って終わり的なイメージ)、みたいな。

その後も主人公がちゃんとプリズムショーをできるようになる回(エーデルローズの仲間、先輩たちの指導の中で、キャラクタの個性が見えるエピソードになるはず)が何回かあって、その中でエーデルローズの事情が示されてくる(ここでオバレのさらに先輩世代の関係も示される)。
キャラクターや勢力間の関係性が重くなりすぎる前に、旧シリーズとのリンクを示すエピソードを何回かはさんで(女子回もあるはず!)、小出しにされてきた敵対するシュワルツローズの姿がだんだんと見えてくる。そして迎える敵対的なドラマの最初のクライマックスが、キンプリで描かれたEZ DO DANCEバトルですよ。そしておそらく、2クール目の〆がオバレ活動停止からのシンくんのプリズムショー、劇場版「キンプリ」のエンディングです(そのくらいの時間が、キンプリ作中では過ぎている、ということでもありますね)。

その中には予告編で描かれたあれやこれやへの布石が随所に置かれていて、プリズムキングカップがいよいよ動き出す第3クールではオープニング曲も変わって、きっと武内くんもエーデルローズ組と一緒に歌ってるんですよ(妄想)。

と、千葉の脳内ではこんな感じで一年にわたって毎週放送されるTVシリーズの「KING OF PRISM」がぼんやりと見えてしまったんです。そしてこの感じが、”ファーストガンダムをTVシリーズではなく劇場版から見た”に近いような気がしているんです。あれだって相当に駆け足で、しかしギリギリで話が通るようにできてますものね。

こういう見立てみたいなのは別に当たり外れって話じゃあない、あくまでお遊びの類なんだけど、この作品の監督の菱田正和さん、脚本の青葉譲さん、演出の菱田マサカズさん、そして絵コンテの日歩冠星さんが、何故か偶然にも揃ってサンライズ出身で富野メソッドの継承者であること(ふしぎだなー)を考え併せれば、そう的外れな感想ではないように思いますが、どうすか。

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でね。この長い文章で何が言いたいか、簡単に書いてしまいますとですね。
「頼むからTVシリーズのKING OF PRISMを観せてくださいお願いします」です。

過去の「プリティーリズム」シリーズで、お話の本筋が読めていて(そこは子供向けゲームが原作だからさすがに複雑じゃない、世代を超えた因縁が絡むドラマは軽くはないけどわかりにくいものじゃない)なお各回に必ず驚きがあって(総集編的な回ですら!)、ドラマの最終的なゴールでは完全にこちらの予想も期待も超えてきたあのシリーズを、土曜の起き抜けに毎週楽しく見ていた千葉としては、できたら圧縮された劇場版じゃなくてTVシリーズで、続きものだからこそできる時間をかけた展開で観たいんです。

だって圧縮したら「伸び悩みに悩む太刀花ユキノジョウが、自分を慕うレオくんのショーを見て飛躍のきっかけを掴み、それを契機にふたりとも成長する」とか「加賀美タイガがいかにカヅキ先輩に憧れているか、そしてそれ故に伸び切れない部分があるのか」「カヅキ先輩がアイドル活動とストリート系の自由との狭間で迷いチェリピキ(略」「幸せヒロ様のノリノリなアイドル活動(夜ノヨッシャーマン撮影(略」などなど、そういうの全部抜けちゃうんですよ!シリーズなら「成長はしているけれど、どこかでオバレ頼みになってしまっている後輩たちを少し歯がゆく思う神浜コウジ(もちろんここでクロスさんも出る)」とか、絶対に布石を置くはずなんですよ!
(ってか今回だってできたら入れたかっただろうなって思ってます。キンプリではバトルと重ねて描かれた”指導”は、冒頭のライブから数ヶ月が経っての出来事だって明示したかったはず)

そして、「キャラの個別エピソードがないとCGは作られないよね」ってのもTVシリーズを推す理由です。「大和アレクサンダーの量感のある胴体がキリキリ動くのは新鮮だった」ってのはキンプリを見たほとんどの方が感じたことでしょうから、新作されるプリズムショーはきっと映像的にもいろいろおもしろいと思うんですよ。ユキ様のガチ和装を絡めたプリズムショーとか観たいじゃないですか(「ハルチカ」の影響もあって、千葉はユキ様推し←中の人に影響されやすい)。

寝起きで見た「オーロラドリーム」がいきなり楽しかったのは「CGモデルがちゃんとかわいい」というのもありました、それは日本のCGアニメのアプローチとして正解じゃないかと思えたんです。アニメで映像的強みがあるのって大事ですよね(それはアニメに限らない、映像作品には求められるポイントですけどね)。プリズムショー初見の人たちを大いに幻惑した(笑)キンプリの圧倒的な映像パワーが毎週見られたら、こんな素敵なことはないじゃないですか。ああもう、見たい観たい、TVシリーズで観たい~!(上葉みあか君は)

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いろいろ書いてきましたが。おっさんなので筐体で遊んだりしなかった千葉としては、今回の「KING OF PRISM by PrettyRhythm」の上映は、これまでアニメ「プリティーリズム」シリーズを作ってくれた皆さまに大きく手を振ってありがとうって叫べる機会がようやく訪れてくれたもの、と感じています。筐体で遊んで、グッズを買ってシリーズを支えてくれた親子の皆さんにも御礼を(千葉はCDしか買ってない)。

そして、時間が作れずなかなか見られなかった本作を、熱い応援で長く上映させ続けてくれたヤク…じゃなくて構成い…じゃなくて、エリート各位にも大きく手を振ってありがとう!であります(まだエンディング曲を覚えるほどは見ていないからキンプリ引用じゃないのはご容赦ください>エリート各位)。エリートの熱意でテレビ番組のミニシアターランキングの一位になったり、映画館の予約サイトを落としたり、なんてなかなかできることじゃないすよ!(笑)

にしても。上に書いた話の流れも確認しなくちゃいけないし、どうせなら一度くらいは応援上映を経験しておくべきなのでしょうか…サイリウムってこれ以外で使う機会、ないよなあ…などと思いつつこの長い文章はおしまい。

いつもの皆さんはまたの機会にお会いしましょう、検索とかで来られた皆さんとは縁がございましたらまたいずれ。ごきげんよう。

追記。この前、上映が終わったタイミングで映画館の前を通りがかったら女性二人が「待ってユキ様~」とレオくん遊びをしておりました。そりゃあ、脳内おうえん上映をする人も出てきましょうよ(笑)。




このサイトなんか経由してくれなくて構わないので(特典とかないですし…)、ぜひCDやDVDをお買い求めください(頼まれもしないのに販促)。

2016年3月6日日曜日

書きました:新国立劇場「サロメ」を聴くべき三つの理由

こんにちは。千葉です。

すっごく悲しいお知らせが飛び込んできたので、こっちは簡単に。先日「SPICE」に書かせていただいた記事の紹介です。

●新国立劇場「サロメ」を聴くべき三つの理由

簡単に済ませられる理由もあるんです。今日の公演を聴いてきたレポートもこれから書くのですが、自画自賛させてください、千葉が挙げた聴きどころが見事にはまって、なかなか出会えないレヴェルの上演となりました、「イェヌーファ」に続いてまたしても初日から。

聴き手も自分の内面へと心理的に掘り下げさせられるような「イェヌーファ」と、最高のメンバーを迎えてより力強く外へと表現が放射されるような「サロメ」、これが同時期に上演されているいまの新国立劇場に行かない理由はありません。できたらどちらの演目も楽しんでください、まだマーラーも生きていた、「春の祭典」以前の20世紀初頭にクラシック音楽が持っていた可能性を、こんなに強く感じられるめぐり合わせで名作の名プロダクションに出会える機会はそうありません。ぜひ。

ああそうそう、急なキャスト変更を入れると、聴くべき理由として、実は文中で四つ挙げています。おとなはウソつきではないのです。 まちがいをするだけなのです (おい)。

と、記事を書いた時よりも確信を持って、より強くオススメして今日のところはおしまいです。ではまた、ごきげんよう。

2016年3月2日水曜日

書きました:新国立劇場「イェヌーファ」が名演で開幕

こんにちは。千葉です。

さて、千葉は先月がヤナーチェク月間だと申しましたが、実際のところ今日からの上演に行かれる方にとっては3月がそんな月になることでしょう。そう確信するだけの、素晴らしい上演に出会えました。
という記事を書きました。まだ2016年は先が長いですが、新国立劇場「イェヌーファ」は千葉の今年のベストワン候補になりました。いや、もしかすると千葉のオールタイムでもベスト級の上演です。今からでもまだ間に合いますので、ぜひ。

●新国立劇場「イェヌーファ」が名演で開幕

ここまで書かせていただいた紹介記事では、「音楽を中心に」と限定して言及してきましたが、初日の幕が開いたのできっちりと全力で、この上演が描き出すドラマの話をさせていただきました。

チェコではいまも原作戯曲どおり「彼女の養女」と呼ばれるこの作品、今回の上演はかなりのところまで「彼女」ことコステルニチカの物語として展開し、しかし最終的に「養女」イェヌーファが未来へ進む物語に転換して終わります。この劇的な演出ひとつとってもこの作品の最良の舞台として記憶されましょうし(事実、この舞台は欧州ではすでに高く評価されていますし、その模様を収めたDVDはグラミー賞にノミネートされていたことは先日も書きました)、加えてト書きのない部分まで踏み込んでより緊密な劇に仕上げた手腕は圧巻です。オリジナルの演出を創りあげたクリストフ・ロイ、そして今回の上演のために来日したチーム(今回、演出補のエヴァ=マリア・アベライン以下、少なくないメンバーが日本公演のために来ていました)への称賛は惜しまれるべきではありません。

そして、前回も書きましたがトマーシュ・ハヌス指揮する東京交響楽団の出来は賞賛するしかないものです。オーケストラ・リハーサル、ゲネプロとよりいい仕上がりとなっていましたが、初日の公演はさらにその、ずっと上を行く出来でしたから、ヤナーチェクの音楽が好きな方がこの公演に行って裏切られることは絶対にない、と言わせていただきます。できたらここは信じてほしい(笑)。この上演に触れれば、「ヤナーチェクが20世紀を代表する作曲家の一人だ」と確信してお帰りいただけるはずです。

本公演を聴いたことでハヌスについてわかったことを、少しだけ書いておきましょう。「ヤナーチェクのオペラを得意とする」と評される指揮者は、多くの長所を持ち合わせていなければなりませぬ。もちろん、「ああチェコの指揮者だよね、ヤナーチェクのオペラ振るんだ」くらいのゆるい気持ちでこう評する人もいましょうけれど、千葉はそういうつもりで申し上げるつもりはありません。
まず第一に、もちろん「作品をきっちり手に入れていること」。まあこれは指揮者である程度以上の評価を受ける人には必ず求められるものですから、当たり前といえば当たり前ですけれど、こと演奏頻度の高くないヤナーチェクのオペラともなれば、作品に通暁しているだけでも貴重です。そりゃあ伊達に各地でヤナーチェクを指揮していませんよ、彼。「チェコの言葉がネイティヴにわかる」という強みはあるにせよ、あれだけの演奏ができるほどに作品理解が深いマエストロはそういません。
次に、指揮者としての基本機能が高いこと。いわゆるクラシック音楽とは異なる発想、展開が多いヤナーチェク作品をきちんと演奏するためには耳が良くてリズム感がよくて、なにより演奏家とのコミュニケーションに長けていることがとにかく大事です。千葉が昔から「嫌いな指揮者の条件」(笑)として挙げている、「特にすることないから旋律パートを見てにやにやしてる」「両手がいつも似たような仕事をしている」なんて指揮では、この音楽で起こるべき事柄がほとんど抜け落ちてしまうでしょう。
そして、ハヌスについて特に感じたのは「テンポ感が良い」ということでした。場面を描き分けるのに、過去のクラシック音楽が用いてきた形式やオーケストレーションなどによる「常套句」が使えないヤナーチェク音楽を演奏して高い効果を上げるには、場面のそれぞれを求められるテンポで演奏することが実に重要なのだ、と初日の公演を聴いて感じました。冒頭から引き締まったテンポで始まる彼の指揮する「イェヌーファ」は、全篇を通じて緩むことなどありませんでしたし、なんとなく演奏したような場所もありませんでした。そして、何度となく登場する全休止の「雄弁さ」もまた、彼の持つ「テンポ(=時間)」感覚ゆえだろうと思われます。

果たして他の作品を指揮するとどうなのだろう、いやまずはまた「イェヌーファ」を、もしくは別のヤナーチェク作品を聴いてみたい。トマーシュ・ハヌス、覚えてくださいね(二回め)。

いやむしろ、ヤナーチェクの音楽に不慣れ、不案内だからと尻込みされている方こそ、この機会を逃していただきたくないです。未知の作品でも最良の演奏で出逢うことができれば、その一度で多くのものを受けとれるわけですから、ぜひ。こういうサーヴィスもありますから、オペラは高いとか言わず。そこをなんとか。

ちなみに、ですが。日曜の公演からもう三日が経とうというのに、千葉は今でも脳内で突然「イェヌーファ」のそこここが鳴り出して、その都度手元の録音で渇を癒やそうと思い、そのたび「いやあの演奏ほどの録音なんか手元にないぞ」と気づいては脳内で音が鳴るに任せるという、なにか中毒のような症状に襲われています(笑)。今回の公演、レコーディングしてくれませんかしら。本気で。

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なお、Wiki的に個人の方が対訳を掲載している「オペラ対訳プロジェクト」にも「イェヌーファ」の歌詞がこの公演を前に掲載されました。気になるけどよくわからないYO!という方はそちらを見ていただくのもよろしいかと。その上で、もうちょっとヤナーチェクについて当たりをつけたい方には千葉の記事もご参照いただければと。

今晩の上演を含めてあと四公演、お見逃しなきよう。という記事を書いたよ、というご案内でした。ではまた、ごきげんよう。

2016年2月27日土曜日

予習・復習のお供にどうぞ~新国立劇場「イェヌーファ」のための

こんにちは。千葉です。

さてもう明日には開幕する新国立劇場の「イェヌーファ」。「どのように良い上演が期待できるか」という話は、記事でもブログでももう書きましたし、ここ数日はTwitterあたりでもちゃんとした書き手の皆さんの文章が多く見かけられますので(ダメ人間宣言してどうするか)、後は一人でも多くの方がヤナーチェクの音に触れて、できたら実演で体験してほしいな、という気持ちでおります。
録音ではわからないからね、とまでは言いませんけれど(SACDの音を最初に聴いた時とか、世界が変わるなって思ったものです。でもその後千葉はオーディオ方面から完全に撤退しちゃったし。そして今では消えちゃいそうですし、SACD…)、実演でこちらも集中して作品に向き合っているときに受け取る情報量は相当のものですから、録音と実演を単純に比べることにあまり意味はないと思っています。

音楽的には千葉が太鼓判を押します、今回の「イェヌーファ」。騙されないのでぜひ。千葉の耳を信じろ、とは言いませんが、出演者各位を信じていただいていいと思います。

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さてそんなわけで、直前に千葉ができることはもうしてしまったので、あとは「ヤナーチェクとか聴いたことないし~」という方に、YouTubeで聴くことができる、権利的に問題のない(笑)動画を紹介しておきましょう。

ではまずはじめに、採用されなかった「彼女の養女」の序曲、「Jealousy」を。

…動画を埋め込もうと思ったら、設定上できない模様なのでリンク先でご覧ください。「the Hradec Králové Philharmonic and conductor Paul Mauffray. Nov. 26, 2014」とのことです。

え~、今回の舞台は、冒頭シロホンが刻み始めるまでの、音が出ていない時点ですでに高いテンションのドラマが始まっていますので、皆さまご来場される際には余裕を持ってお運びくださいませ。使われなかった序曲も別に悪い曲ではないですが、この序曲があってからおもむろにイェヌーファのモノローグが始まるかたちだったら、あの緊張感はないだろうなあ…

なお、「イェヌーファ」はプラハ初演でもプライソヴァーの原作戯曲どおりの名前で上演されているので(チェコ語圏では現在も「彼女の養女」が作品タイトル)、ドイツ語に訳されてウィーンで上演されて、はじめてこの作品は「イェヌーファ」になるわけです(1918年)。だからこの作品について”「イェヌーファ」の採用されなかった序曲”という言い方はちょっとルーズだね。豆知識だYO!(偉そう)

さて続いては千葉がその昔吹奏楽で三楽章を演奏したこともある、狂詩曲「タラス・ブーリバ」です。
指揮はジャン・レイサム・ケーニック、演奏はベルギーのフランデレン交響楽団(でいいのかな)です。2013年12月のライヴ、全曲です。




作曲時期が1915-1918年と、いうことはこれ、実はWWIを背景にした作品だったんですね。確認すれば献呈先はなんと「国民を防衛するわれらが軍に」だという。いやあ、演奏した当時はそんなこと考えもしなかったぜ!(笑)そしてこの時期はちょうど、「彼女の養女」がプラハへ、そしてウィーンへと進出する時期に当たります。
「イェヌーファ」についてそれなりの見当がついてきた今になればわかることなのですが、語り口が非常に近いんですね、「タラス・ブーリバ」と「イェヌーファ」。たとえば二楽章でドラマが一段落したところでヴァイオリンソロが雄弁に語る感じとか瓜二つといってもいいかと。

「タラス・ブーリバ」にあって「イェヌーファ」にないものは、ヤナーチェク自身の楽器であるオルガンです。ここから、この親しい二作の性格の違いを考えることもできそうに思いますが如何かしらん。今なら、あえてそのキャラクターに丸乗っかりで暑苦しい演奏を心がけたことでしょう、できるかどうかはさておいて(笑)。

続いては、ヤナーチェクが民謡収集した成果の集大成のような作品、ラシュスコ舞曲(1924)を。アレクサンダル・マルコヴィッチの指揮、チェコ国立ブルノ・フィルハーモニー管弦楽団の演奏です。2013年7月の演奏。




ひとかどの世界的作曲家になった後だからこれだけ素直な音楽になったのでしょうか、この曲の存在を知らない人ならドヴォルザークの曲だと言って騙せそうです(騙してもいいことは何もありませんが)。

今回の上演では、特に演出においてあまり民族色は薄められているのだけれど、作中の音楽が民族的になる場面は第一幕、第三幕の二箇所にありますので、これを聴いておけば「その源流がこれか」と思っていただけるかと思われます。
ただ、ヤナーチェクの民謡に対するアプローチは「採集したものをそのまま使う」ではなく、後年のバルトークと同じく「採集した民謡から抽出した要素を使用して、自分の音楽を作る」なのでこの音楽ののどかさと「イェヌーファ」での民族的なサウンドとは比べようもなかったりするわけですが。加えて、たとえば第一幕で徴兵を回避できたシュテヴァご機嫌の場面は劇中では不安を抱える二人のヒロインにとっては耳障りなものにならなければいけないので、この穏やかで美しい音楽とは違う、狂騒的な攻撃性がありますよね。「ドラマの中で何を表現するか」がある音楽と独立した音楽のそれ、とでも言いましょうか、ここには明確な違いがあります。三幕の婚礼を祝う女声合唱も、ちょっとストラヴィンスキーの「結婚」を思わせる、なんとも言えないよそよそしさがたまりませんし(好きなんです、どっちも)。

続いては室内楽から、ヴァイオリン・ソナタを。これも作曲年代的には「彼女の養女」が「イェヌーファ」になっていく時期のもの、そしてオーケストラ曲中で印象的な役割をはたすことが多いヴァイオリンの音をどうぞ。演奏はヴァレチコヴァさんでいいのかな、チェコのピシェクにある教会でのライヴだそうです。ヤナーチェクと言ったら教会育ちでもあるので、音像のイメージはこんなだった、かもですし。



「タラス・ブーリバ」同様、「イェヌーファ」と同時期の作品ということでぜひ。冒頭がちょっと切れているのが惜しいですね。

ここまでちゃんと聴いてくるとすでに一時間以上が経過しているはず、千葉程度がグダグダとご紹介するのもおこがましいというかなんというか、ちょっと申し訳ないです(笑)。最後にあと一曲だけこちらをどうぞ。最晩年の大作、グラゴル・ミサを、ニューヨーク・フィルハーモニックの音楽監督に就任するヤープ・ヴァン・ズヴェーデンの指揮で。イントラーダで始まってイントラーダで終わる、いわゆる原典版ですね。オランダNPO Radio4様には頭が上がりません。いやほんとに。



この作品のワイルドな神秘主義、その昔はじめて聴いた時から理解できないままに大好きです。好きな曲についてどうのこうのと、あまり説明はしたくないので(わがまま)、できたら他の曲は飛ばしてもいいから、これだけ全部聴いてくださいお願いします(笑)。

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最後にアンコールを一曲、弦楽四重奏曲第二番の終楽章を。アタッカ・クァルテットが2010年2月にニューヨークのトリニティ教会で演奏したもの。



「イェヌーファ」では、小さくないオーケストラを最小編成の室内楽に編み直して使う場面が何度となくあります。そしてそのたび、聴く方はよりドラマの進展を意識させられるわけです。劇の進行を促す大編成オケ、そして登場人物の心理を描写する小編成室内楽、それらの往還であのドラマはできているのだなあ、というのが「イェヌーファ」ほかを聴きこんだ今月の結論です。

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あ、でも初日の幕が開いたらまた感想変わるかもしれません、それは保留しておきますね(笑)。では今日はこんなところで。明日からの「イェヌーファ」、良い子のみんなは新国立劇場で僕と握手!(すっごく久しぶりのネタ)




もちろんこれも見ておいてね!(初日を前にちょっとテンション高いです)

2016年2月26日金曜日

書きました:開幕直前・30分でわかる!新国立劇場 ヤナーチェク「イェヌーファ」

こんにちは。千葉です。

もう終わろうとする今月の、そのヤナーチェク月間たる所以のところである(くどい)、新国立劇場の「イェヌーファ」が間もなく開幕です。28日からです。

そんなわけで、その直前特集を書きましたよ。文章はもちろん千葉のオリジナルですが、影響を大きく受けたミラン・クンデラのヤナーチェク観は抜きがたいし、そして日本ヤナーチェク友の会様が出版されている対訳本は大いに参照していることをお断りさせていただきます。


今回、千葉は稽古始めから何度か取材させていただいているため、どこまで書いたものか若干迷いがありまして。考えに考えて、今回の落とし所は「掟の門前」までとなりました、マックス・ブロートつながりでカフカにつなげてみました、とは言いませんが。これだけのプロダクションとなると、幕が開く前にすべてのネタを割るのはあまりにも惜しいと思いまして。そんなわけで、演出については初日が開いてから詳しく書かせていただきます。現時点では「グラミー賞で小澤征爾のライヴァルだった舞台は伊達じゃないんです」とのみ、申し上げておきましょう。

証拠ということもないんですが、グラミー賞の公式サイトより。
映像と音声と、同じ土俵なんですねこの賞は。

ことヤナーチェクについてはクンデラに影響されまくった千葉としては、ヤナーチェクをちゃんと彼が生きたその時代に置いて、その上で彼の「遅れてきた出世作」を受容してほしいなと心から願っております。千葉の文章がいささかなりともその手助けになれば幸いです。

なお、今回「イェヌーファ」について書かせてもらっていることの数々は、私的に行っている「100年も前の作品を”現代”音楽っていうのやめようよ」キャンペーンの一環でもあります。これはたぶん「春の祭典」の話などでも書いたと思いますがテーゼはシンプル、「せめて、WWI前の作品についてはやめましょうよ現代っていうの」というものであります。ほんとうはWWII前にしたいところだけれど、それだとけっこう自分にも厳しくなるので基準を緩くしています(笑)。

「これがいいものだということだけはわかっている、それなのに100年も咀嚼できていない」残念さを口惜しがるだけの矜持は持ちましょうぜ、くらいの軽い気持ちで皆さまもぜひご参加ください。しかしながら、もちろんこの煽りはこのように申し上げる自分にもそのまま跳ね返るものであります、ご注意くださいませ。がんばろっと。

さて、「月間」とまで言いながらブログの更新がお留守な千葉に対しては「おい自分」と後ろからどついてあげたくなりますが、本日はさらに昨日のイヴェントのレポートと、全力のオススメをこちらに書きますよ。今回の「イェヌーファ」、音楽面からも最高にオススメできる上演になりそうですので。

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25日の14時から、新国立劇場オペラパレスでいわゆる公開ゲネプロとして、「イェヌーファ」の舞台稽古見学会が開催されました。千葉も勇んで伺いまして、より一層のオススメをせんと決意するに至った次第なのでありました。


 
新国立劇場入口前の看板は「イェヌーファ」モードになっています。
なお、3月6日からは「サロメ」の再演、指揮はダン・エッティンガー。
東京交響楽団との顔合わせはなにか新鮮ですね。

オーケストラなどが開催する「公開リハーサル」ならば必要に応じて演奏を止めて、本番の公演に向けて仕上げていくさまを見るわけだけれど、この日のこれは「公開ゲネプロ」。なので、演奏や舞台転換の深刻なトラブルでもなければ途中で止めることもなければやり直しもなし。実際、この日やり直した感があったのは最後のカーテンコールだけ、でしょうか(笑)。
にしても、この前伺った「魔笛」の初日も拍手が微妙だったし(ザラストロは研鑽をやめない存在であることを示すためか、最後の歓喜から離れて読書して終わる舞台なので、ちゃんと音楽は終わったのに拍手が止まってしまった)、最近こういうケースによく当たるのはなんなんだろう…


この日のスケジュールはこちら。昼公演の場合このスケジュールで進行すると思われますので、
「全三幕を休憩二回はさんで上演、17時前後に終演」と見ていただけばよいかと。3時間程度です。


それはさておき、ですよ。前述のとおり、舞台についてはリリース済みのDVDを観てもらうこともできますが、今回の日本での上演について千葉が全力でオススメしたいのはトマーシュ・ハヌスの指揮、そして東京交響楽団の演奏ですよ。今月、書く時間こそ作れなかったもののヤナーチェクを大量に聴いてきた千葉ですが、これほどまでに目から鱗が落ちるとは。この日感じたインパクトをあえて高調子に、過去の自分に向けて礫を投げつけるように申しますと、「ヤナーチェクのオペラを知らないで、彼の音楽がどうこう言ってても不毛」となります。それくらいの衝撃なんです。
過去の経験を振り返ってみれば、これは”ジョン・アダムズの「ニクソン・イン・チャイナ」をMETライブビューイングで見た時の感覚”に近いかな、と個人的には思います。あれはオペラを一見したことで、それまでよくわかっていなかったミニマル音楽の表現手法がわかったように感じましたし、その後多くの映画でサウンドトラックを手掛けるハンス・ジマー的なものの源流がここだったことも理解できましたし。それに負けないくらい、今回はエウレカ感があります。

本題に戻りましょう。ドラマの中で発揮されるヤナーチェク音楽のパワーはもう、ただ音を聴いているだけではわかりにくい部分だな、と感じました。オーケストラやピアノ曲、室内楽では作曲上の特徴と感じられていた繰返しの多さも、ドラマの中では明確な表現として伝わってくるんですよこれ。クンデラがヤナーチェクを評して、一般的な「表現主義」とは違う、”表現に必要な音だけで音楽が構成されている”表現主義なんだ、としていたことも理解ですよ。全三幕、まったくムダがない。だから聴く方も体力いります(笑)。

もっとも、そのように作曲されているから効果が十分に上がってくれる、というならこれまでにも上演されている「イェヌーファ」はもっと人気があってもおかしくないはず。レコーディングだって少なくないわけですし。では何が違うのか。

まず考えられるべき今回の上演のキャストでしょう。シュテヴァ役のジャンルカ・ザンピエーリを除けばベルリンでのキャストが来ているわけなのですから、ある意味聴く前からお墨付きです。このことはもちろん、作品の持つ力をより強く伝えてくれています。それに「ザンピエーリが初役をきっちり作ってきた」というのは取材の中で伺いました(とはいえ、シュテヴァ役って、上手く歌っても演じても扱いが微妙になりそうですけどね…個人的にはこの役に、「外に逃げられないピンカートン」を感じています)。なお個人的にはですね、ブリヤ家のおばあさん役の歌うハンナ・シュヴァルツ、存在感がさすがすぎて頭が下がりました。ヴェテラン凄いです。
(なお、メインの役どころの話は幕が開いた後で書きます。「いいです!」くらいなら今の時点でも言えますが(それこそ聴く前からわかっていましたからね)、せっかくの名歌手たちをゲネプロで判断してしまうのも惜しいですから)

しかしながら、千葉がこれだけ認識を改めるに至ったのはキャストのこなれ具合以上に、なによりピットから聴こえるオーケストラの音によるものです。こんなに多彩で、ドラマの中で機能する音楽なのかと随所で思わされっぱなしですよ。凄いです。
東京交響楽団は、かつて舞台上演・コンサート形式とりまぜていくつかのヤナーチェクのオペラを演奏してきた、もしかすると世界的にも数少ないだろう「ヤナーチェク・オーケストラ」なんですよね(詳しくはリンク先参照のこと。スダーン、そしてノットとの仕事で印象が変わりつつありますけれど、東京交響楽団は数多くの日本初演をその昔から務めてきた進取のオーケストラであることを再認識できます)。充実した音楽がピットから常に聴こえてくることの快楽たるや。
細かく書いていくとすっごく長くなるので(記憶のままに書いたら読むのに一時間はかかっちゃう←書く方は何時間かかるかわからない)、一箇所だけ印象に残った部分を挙げるならば第三幕の大詰め、コステルニチカの告白のあと、イェヌーファが養母の罪を受けいれて赦す場面ですね。「神々の黄昏」でブリュンヒルデが登場する場面にも似た威厳ある雰囲気の中、聴こえてくるオーケストラの音がヤナーチェク自身が演奏した楽器であるところのオルガンの音だったのは、もう圧巻でした。随所に見られる室内楽的な部分も見事で、それはもう感心いたしました。

でもでも、千葉が信頼する東京交響楽団が如何にヤナーチェクに慣れていると言ってもそれだけでここまでの達成に至るはずもなく。上記記事中にも書きましたが、この作品を知りつくしているからこそ効率よくしかも濃厚なリハーサルを行えた指揮者、トマーシュ・ハヌスはきっと、今回の上演を聴かれた方は忘れない名前になることでしょう。彼がオケからこの音を引き出したことは、今回の上演を成功に導く大きい要素となることでしょう。
ちょっとだけ舞台が眩しかったのと(この舞台はほとんどが”白い部屋”で展開されます)、あまりにも音楽が良かったのでこの日はピットに目をやる時間も多かったのですが、オケのドライヴも、歌手へのキュー出しも実に巧みで。作品が彼の手の内にあることはオーケストラ・リハーサルでしたたかに理解していましたが、ここまで見事に舞台をリードされるといまさらながらに「オペラ指揮者」という仕事への尊敬がいや増します。素晴らしい。伊達にバイエルンに呼ばれてない。

もう千葉は覚えましたよ、トマーシュ・ハヌス。ぜひ今後も東響の指揮台に来て、ヤナーチェクとかマルティヌーとかガンガン振っていただきたい。ドヴォルザークでもスメタナでもいいけど。もっと他のレパートリィでももちろんいいですけど。
ちなみに彼のFacebookページはこちらになります、興味のある方はご覧あれ。

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なお、この作品が成立からプラハ初演に至るまでに紆余曲折あって、楽譜が複数の種類存在することはこの作品に少し詳しい方ならご存知でしょう。ブルノで何度か上演される中でも改訂は行われていて、初演から1911年までは上演のたびにヤナーチェクが自ら手を入れています。コヴァジョヴィツに対するミラン・クンデラの呪いの言葉の数々は、前に紹介した「裏切られた遺言」をお読みいただければそれはもう。
ただ、先日上映された「白いたてがみのライオン」では、「プラハ初演の成功にすっかり気を良くしてコヴァジョヴィツを褒めたりするヤナーチェク」像が描かれていましたので、意外と本人は気にしてなかった、のかもしれません(もっとも、ヤナーチェク没後にコヴァジョヴィツ側から「編曲の分著作権ありますよね」的な申し出があったらしく、遺族はたいへんお冠だった、とは何かの本で読みました)。

今回の上演では、1908年版をベースに1911年の演奏譜を参照して「ヤナーチェク自身が手を入れた最終稿」として出版されているウニヴェルザール・エディションを使用しています。オーケストラとのリハーサルを見学した際にお借りしたヴォーカルスコアの中表紙がその証拠だ!(なくてもいいよねその証拠)


ちなみに英語訳にENOでおなじみのエドワード・ダウンズが関わってるのは納得ですね。ふむ。
そしてサー・チャールズ・マッケラスとジョン・ティレルの名が並ぶ表紙を見ていると、マッケラスによるヤナーチェクのオペラBOXがほしくなりますね……(Amazonだと見つからないけど店頭ではまだ見かけるので、塔とかお犬様とか見ればあるかもです。前に見かけた時のお値段はたしか、8,000円程度だったかな…←その金額が出せない奴)

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以上とりとめなく長く書きましたが、結論は一つ、最高の「イェヌーファ」を体験したかったら28日から新国立劇場に行かれるとよろしい、です。「イェヌーファ」プラハ初演から100年目のことしに見られ聴かれるべき良い舞台ですから。

とはいえ、これだけの舞台でも、もしかすると「抽象的な舞台では、戯曲の作者がスロヴァーツコ地方を舞台にした意味が薄れるのでは」なんて思われちゃうかもしれませんが、作品の持つドラマは存分に表現された、良い演出だと思いますよ。登場人物たちの立ち位置(文字通りの意味です)、特に壁や出入り口との距離あたりを注意してみると面白いのではないかと。

…公開ゲネプロからの帰り道、聴いたばかりの音を忘れたくなくて反芻しているうち、リハーサル中にハヌスが先ほど挙げたイェヌーファの赦しの場面について「ここは指揮をしていても泣いてしまいそうになるんだ。それまでとは完全に違う雰囲気で演奏しよう」とオケに語りかけていたことを思い出しました。しみじみ。
無事本公演が成功しますよう、心の底よりお祈りさせていただき、この長い文章はおしまいです。ではまた。


2016年2月14日日曜日

二回しかない!(萩尾望都先生的な←遠いよ

こんにちは。千葉です。

えーっと、いろいろ仕込中でバタバタしています。なので今日も前説なし。中東、特に海沿いのあたりについてはいまも心配していますけど、それについて一言書くための調べものすらしがたい状況、千葉にしては珍しいのですがご容赦のほど。

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ということで本題。公共放送は明らかに報道とバラエティ、そしてそれ以外で分離しつつあるように思えますが(そしてドキュメンタリはなぜか「それ以外」)、いいものはいいし、籾井はよくない。籾井の話をしても仕方がないのでここではいつものように看板番組の一つ、プレミアムシアター2月の予定をご紹介しますよ(こういう筆の滑りには時間がかからないもので、どうもすみませんね)。

●2月15日(月)【2月14日(日)深夜】午前0時~4時5分

・歌劇『金閣寺』 三島由紀夫 原作 × 黛 敏郎 作曲【5.1サラウンド】
・ハイデルベルクの春 2015 アリス・紗良・オット&フランチェスコ・トリスターノ ピアノ・デュオ

まず前半は昨年の12月5日に神奈川県民ホールで上演された黛敏郎の歌劇、「金閣寺」です。片山杜秀さんのレクチャーを紹介したこともあっていろいろ調べた作品の放送があることの喜ばしさたるや。ありがたいありがたい。初日の公演なので、唯一ダブルキャストだった主人公の溝口は小森輝彦が歌っております。ほかのキャストなど、詳しくはリンク先で確認してくださいませ。

で、後半は「ハイデルベルクの春 2015」としてアリス・紗良・オットとフランチェスコ・トリスターノのピアノ・デュオ。ドビュッシー、ラヴェルにストラヴィンスキーと20世紀ものが中心の、昨年4月のプログラムです。ありがたいありがたい。

…そしてその翌週、2月22日(月)【2月21日(日)深夜】は「プレミアムセレクション」放送のため「プレミアムシアター」はお休みします。だそうです。ちなみにこれだそうです。です。


●2月29日(月)【2月28日(日)深夜】午前0時~

・ロッシーニ・オペラ・フェスティバル2015 歌劇『新聞』【5.1サラウンド】
・ドキュメンタリー「ペーザロの白鳥 ~ロッシーニ 再発見~」

ロッシーニといえば歌劇場の定番プログラムと思われてしまうところだけれど、実際には20世紀の半ば前後から復興して現在に至っているんですね。ずっと演奏され続けた「セビリアの理髪師」を除けば、マリア・カラスのレコーディングの中には「イタリアのトルコ女」しか全曲録音がないことを思い出してみてもいいでしょう(海賊版にはあるみたいですけど)。

…といいつつ、そのあたりを千葉が偉そうにリライトするより、リンク先の日本ロッシーニ協会さまのサイト、水谷彰良氏の論考を読んでいただくのがよろしいかと。勉強になります。

この日放送される歌劇「新聞」も復活蘇演されたのは2013年、まだまだ未踏の領域があるんですよロッシーニ。いえ、こう書いてる千葉も別に詳しい訳じゃないんですけど。とりあえず、ロッシーニやドニゼッティ、あとベッリーニあたりはけっこう「再発見」されたたぐいの音楽である、ということだけ申し上げときますね。ロマン派ってのは罪深いもんですぜったく(けっきょく偉そう)。

さて、そんな蘇演された「新聞」はこんな舞台らしいです。正直な話、見てみないとわかんないですね(そしておそらく、一回見れば感じはつかめるはず)。2015年8月、ロッシーニ・オペラ・フェスティバル2015の上演です。


そして後半はドキュメンタリー、「ペーザロの白鳥 ~ロッシーニ 再発見~」(2010年 ドイツ)。千葉がくだくだ書くこともなかろうよ、と思ったのはきっとこの番組が雄弁に説得的に教えてくれるだろう、と思うからでもございます。けっして手抜きではなく。他の仕事に追われてるからだなんてそんなまさか(言えば言うほど)。
…冗談はさておいて、豪華出演者を見れば千葉のこの降り方もおわかりいただけましょう。ダニエラ・バルチェッローナ、ジョイス・ディドナート、フアン・ディエゴ・フローレスと歌手からのコメントに音楽学者、ピアニスト、そして日本でもよくロッシーニを演奏してくれているアルベルト・ゼッダが出るとのことですから。おまかせさせていただきますよ、ここは。けっして手抜きではなく(もういい)。

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以上、簡単ですが情報のみ。ではまた、今度は記事の紹介になるでしょう。ごきげんよう。

2016年2月2日火曜日

ヤナーチェク月間、始まるよ~

こんにちは。千葉です。

たまには前ふり書こうかな。といっても、最近はまともにニュースとか見ていないもので、ツッコミようがないってのが正直なところでもあるんですよ。一昨年のままで放置してる向こうのブログが昨年は一年有効でしたから、そのうち何か書いておきましょうかね、せめて半年くらいは保ちそうな奴(笑)。

冗談はさておいて。ご存知のとおり(ということにしてください)、最近は「SPICE」に寄稿してます。そこで書いてるものと、ここで書くものが同じでは書いているこちらも面白くないし、読んでいただく方に二度も似たようなものを読ませるのはさすがに気が引ける。そう思うと余計に書きにくいので、アイディアがないとこっちも書きにくい(ちなみにTwitterは見ていますが、あまり書く気が起きません。そっちの理由は時事ネタの問題と似てるんですけどね)。でも文字通りの諸般の事情で向こうに書けるはずのお題が千葉的には手付かずになることがあります。そういうものをここに書き残しておくことは、きっと意味があったり、ほんの少しは誰かの役に立てるかもしれない。

このくらい言い訳すると、なんとかここも再起動できそうな気がします(笑)。手のつけられる範囲で、がんばります(島村さん風←サイボーグではなく)。

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さて、記事のタイトルに書きましたとおり、この2月はヤナーチェク月間です。向こうにもいろいろ書きます。っていうか、今日のうちに書き上げるはずの記事もあったのですが、ひとつ急ぎの速報が入ってしまって、今もメモを前に苦難呻吟していますよ。テレビでは「おそ松さん」やってますけど。どうしてでしょう、着手はもっと早い時間だったのに……

と、ボケるのも言い訳にも飽きました(それを言うな)、本題です。



何故2月がヤナーチェク月間であるか、といえば新国立劇場がこのプロダクションを上演するからです。そしてヤナーチェクの「イェヌーファ」、2月28日(日)が初日です。なので、この一ヶ月間は「イェヌーファ」を味わいつくすためにあれやこれやと学習するし、そのための情報提供をしますよ。一月もあればSPICEの方も含めていろいろな話ができるはず、今日はこれ以上の前ふりはいたしません(もう「おそ松さん」も終わったし←おい)。

実は今日の本題は至ってシンプル。
今日2月2日にヤナーチェクの生涯を描いた映画を、新国立劇場の中劇場で、昼夜の二回上映しますよ、というご案内です。時間は14:00、19:00の二回、入場は無料。詳しくはリンク先にてご確認あれ。
上映されるのは1986年の映画「白いたてがみのライオン~大作曲家ヤナーチェクの激しい生涯~」、監督はヤロミル・イレシュ。イレシュはなんとミラン・クンデラの最初の長編「冗談」を映画化してもいるのだとか(ほう、と思って調べれば何かは出てくるインターネットが最近少し怖いです)。映像ソフトも廃盤で、かなり見る手段が限られている作品ですからこの機会は逃せません。しかも入場無料ですし。ありがたい有難い。



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ヤナーチェクの音楽は、おそらくは少なくない人が耳にしているはず。千葉は読んでいないけど小説きっかけでジョージ・セルが指揮した「シンフォニエッタ」が流行ったこともありましたし。でも彼は、クンデラの言う「小国民」(ここでは説明しませんが、”僕ら少国民”的なものではありませんよもちろん)であるが故に、その音楽が評価されているほどに知られているとは言い難い、少なくとも日本では。新国立劇場が直前に上演した「魔笛」の作曲家と比べるまでもない、同時代の作曲家と比べてみたっていい。
かく言う千葉も、ヤナーチェクの生没年(1854-1928←いま確認した)などは確認しないと正確には出てきませんし、作曲時期なども同様。そんな自分の認識を映像と音、そしてもちろん演技で少しは明瞭なものにするいい機会になるはず、そう期待して伺いますよ。千葉は昼の部に伺う予定なので、初台駅で僕と握手!(しません)

そういえば、母語が世界的にメジャーな言語ではない、というのもクンデラが検討する「小国民」性のひとつの条件だったはず。日本語もチェコ語もそうでしょうね。そんなユニークな言語を最高に活かす形で音楽を作った(または作ってしまった)ヤナーチェクの傑作に近づく前に、少しでもチェコ語の作品に触れておく、というのは悪くない。そんな軽い気持ちで見に行ってみては如何でしょう。

本日はとりあえずここまで。ではごきげんよう。