こんにちは。千葉です。
さて簡単に読み終わった本のご紹介。
◆「メロドラマ・オペラのヒロインたち」 岡田暁生
「オペラの運命」「西洋音楽史」など、クラシック界では異例のベストセラーを放ってきた(中略)著者の最新作(リンク先より引用。そうだったのか)、なかなかよかったです。
”そもそもオペラはいわゆるクラシック音楽より芸能に近い”とする著者が、15のオペラと3の映画を、主にヒロインについての語りで作品を読み解く、月刊誌「本の窓」の連載記事をまとめたものです。作品を一覧で書き出せばこんな感じ。
ヴィンチェンツォ・ベッリーニ 『ノルマ』
ジュゼッペ・ヴェルディ 『ラ・トラヴィアータ』
ジュゼッペ・ヴェルディ 『イル・トロヴァトーレ』
ジュゼッペ・ヴェルディ 『アイーダ』
リヒャルト・ワーグナー 『ニーベルングの指環』
リヒャルト・ワーグナー 『トリスタンとイゾルデ』
ジャック・オッフェンバッハ 『ホフマン物語』
ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー 『エフゲニー・オネーギン』
ヨハン・シュトラウス2世 喜歌劇『こうもり』
ジャコモ・プッチーニ 『トスカ』
ジャコモ・プッチーニ 『トゥーランドット』
W.A.モーツァルト 『コジ・ファン・トゥッテ』
リヒャルト・シュトラウス 『ばらの騎士』
リヒャルト・シュトラウス 『アラベラ』
エーリッヒ・ヴォルフガング・コルンコルド 『死の都』
デヴィッド・リーン 『逢びき』
ヴィクター・フレミング 『風と共に去りぬ』
フランシス・F・コッポラ 『ゴッドファーザー』
19世紀の作品が多いのは本書のテーマであるメロドラマの定義からも自然なことですが、その点に引っかかられたあなたは本書を読むべきです。「どうして映画がオペラと並べて論じられているの?」と感じたあなたにも。
リンク先でも端折った説明は読めますが、第一話で詳しく定義の検討をしていますので時間のない方はまずそこだけでも立ち読みされてもいいかもです。
簡単に、と言ってしまった以上ここでやめますね(笑)、読んで損はしませんよ。ということで。ではまた。
2016年9月27日火曜日
2016年9月7日水曜日
ロレンツォ・ヴィオッティ見事なり
こんにちは。千葉です。
いろいろと他の作業や仕事の兼ね合いもあってベートーヴェンが聴きたい!それも”今の”やつを!という状態に陥り、1990年生まれの若いマエストロの演奏会に行ったんだ。まだ彼が指揮する公演があるので、これは早めに記事にしておきますね。
今回東京交響楽団に登場したロレンツォ・ヴィオッティは早逝した父の跡を継いだ、ということもないのだろうけれど若干26歳にしてポストに就任、各地でオペラを指揮している注目の指揮者、つい先日もヴェルビエ・フェスティヴァルに登場している。その動画はmediciで配信されていたので気になって観てみた。
で、その感想はといえば「自分がその年齢だった頃にどんなだったか、なんて考えたら首でもくくらないといけないレヴェルで堂々とした指揮者ぶり」というもの、さてでは実演は如何に?という、ちょっとしたお手並み拝見気分がなくはない。というか、今年の東京交響楽団ではそういう目利き気分が味わえる、有望な若手の登場が多かったっすね。(さりげなく来シーズンの話に誘導←と書くことで台なし)
◆東京交響楽団 東京オペラシティシリーズ第93回
2016年9月3日(土) 14時開演 東京オペラシティ コンサートホール
指揮:ロレンツォ・ヴィオッティ
管弦楽:東京交響楽団
曲目
ベートーヴェン:交響曲第四番 変ロ長調 Op.60
R.シュトラウス:「薔薇の騎士」組曲
ラヴェル:ラ・ヴァルス
東京交響楽団とは二回目の共演となったヴィオッティ。前回2014年はウルバンスキの代役として、すでにあったプログラムを見事に演奏してみせたけれど、今回は自身で編んだプログラムでの再登場。それはいうなれば”名刺代わり”のプログラムと見ていいのだろうから、通ぶって存分に値踏みをさせていただくのが、厭らしいけどある意味正しい態度でありましょうよ。逃げも隠れもしない、彼自信の渾身のプログラムでの登場、ということで(前回の代役についてはその対応力を褒めるべきものであり、”借り物のプログラム”だとけなしているわけではないことはいちおう為念)。
スイスに生まれウィーンとワイマールで学び、オペラにシンフォニーに活躍する若きイタリアとフランスの血を引くマエストロ、というキャリアをそのままに反映した選曲、とも言えるのかな※、などと思いつつ個人的なお目当ては最初に書いたとおりベートーヴェン。
※公演の後、東京交響楽団より以下のTweetでマエストロの意向が知れたわけである。なるほど、師匠譲りの入魂のプログラムだったのですね。千葉の読みとも矛盾はしないとは思いますが、実にいい話ですねこれ。
さて、お目当てのベートーヴェンは弦が12型、ティンパニがケトルドラムでトランペットはロータリーと、アーノンクール風から20世紀風までこなせてしまう東京交響楽団だからこそできる柔軟な対応ですね。だから思うわけです、彼の演奏についてもピリオド奏法どうこういうよりは、表現のスタイルとして「ヴィブラート控えめが基本、必要に応じて使ったり使わなかったり」がもはや現代スタンダードなのではないかしら?
さて演奏についてですが。第一楽章はすこし硬かった、ように思います。このホールだと時々ある「弦が壁になって管がうまく伸びてこない」時間帯もあったけれど、楽章の途中からはこの日の会場の響きにもなじんだか、実にいい響きが聴かれるように。「これはモーツァルトでもハイドンでもなく、ベートーヴェンですよ」と言わんばかりの低弦の存在感はいい目配りです、ヴィオッティ(偉そうに)。
その一楽章を高い解像度のいい響きで駆け抜けて第二楽章からは盤石、指揮者の意図も伝わったものと思う。フレーズの伸縮も自在、重心移動が巧みなので場面はことさらに力まなくても動いていくのが実に巧みで。
第三楽章のスケルツォ、速めのテンポで主部のアウフタクトを少し長めに取らせて音楽に引っかかりを作って単調な煽りだけの楽章にしない。テンポもそう落とさないけれど、トリオは角を落とした音楽の流れが美しいのなんの。そのままフィナーレにはアタッカで突入、その結果、あたかもこの交響曲がハイドンやモーツァルトのオペラに見られる「複数の場面が連続するフィナーレ」のように思えてくる。なにもアタッカで別々の場面が繋げられたから、という理由だけでそう感じたのではない、各声部が饒舌に語る演奏は恣意的なデフォルメなどなくとも十分に刺激的、劇的なものでした。お見事。
快速で駆け抜けるこの交響曲には、ついちょっとカルロス・クライバーがどうのこうのと言いたくなってしまう業ある世代の千葉だけど、彼のベートーヴェンについて古楽云々あまり言わなくていいのと同じ、もうことさらにそう言い立てる必要もないと思う。もちろん、カルロスの指揮に魅了されて指揮者になった元ウィーン・フィルの人たちについては、一言あってもいいかも、ですけど(笑)。
ということで、凝縮された古典派オペラのようにも感じられた刺激的なベートーヴェンに満足したわけです。なにより第四番、なかなか聴けないからね!
*************
後半はまず作曲者編曲による「薔薇の騎士」組曲。編成は16型でティンパニも当然モダン楽器、そして大量の打楽器。オペラの場合、打楽器が大量に必要でその上兼ね役も難しいから6人もいましたぜ(笑)。弦の人数が減るにせよ、ピットにどうやって入れているものかといつも思いますねオペラの編成がステージに載せられると。
で、演奏ですが、いやあ、雄弁ですよ劇的ですよ。先日のフォルクスオーパーの舞台を経て、「もしかしてこのオペラはオペレッタをそのままに”描写”した作品ではないか」とか余計なことを考えていたし、「この組曲はなんていうかちょっとただの接続曲で愉しみ難いよね」とか感じたりもする、この組曲に文句の多い千葉ですが、この日の演奏は存分に愉しみました。振り向きざまに始めた冒頭のホルンから、最後のワルツの狂騒まで。若いけど勢い任せにしない、でもクレヴァー過ぎて大人しくなっちゃうこともない。全幕を意識して指揮しているのがよくわかる場面描写に感心しました。ベートーヴェンではより構成、形式を示したヴィオッティだけれど、ここでは繊細な感情表現も実に見事で。素晴らしい若者じゃないか彼は!(洋画っぽい言い方)
…いやとても良かったし楽しんだけど、正直なところ「後生だから全曲聴かせてくれよ」ですよ。ほんと、全曲やってくださいヴィオッティ&東響で、新国で。
*************
ここまでで、短い時間ながらコンサートが終わってしまいそうな盛り上がりを見せたけれど、最後にはまだラ・ヴァルスが待っているのです。楽しいオペレッタの描写から一転、”失われたウィンナ・ワルツの幻想”でコンサートは終わるわけですね。曲間で捌けるメンバーが少なくて(E♭クラとチェレスタだけじゃないかな)、今さらながら20世紀初頭のフランス音楽のぜいたく感に驚きますが、まあそれがWWI前のベル・エポックなんだよね、とかなんとか。
東京交響楽団のきっちり感、ラヴェルに合うよねって前から個人的には思っていまして。その昔、スダーン時代に聴いた「ダフニスとクロエ」第二組曲がなかなかよかったように記憶しているのだけれど、いつの公演だったかな…(こういうど忘れ&探しだせずを回避するためにものを書いているところ、自分にはあります)
そしてヴィオッティも若いのに(若いから、かな)、きっちりと書かれてある音符を有機的に音にしていくからもう楽しいのなんの。楽しすぎて「俺は過去にこの曲ライヴで聴いたことあったかな…」と何度も思うほどに新鮮な音の連続でしたわよ。バレエ音楽として構想されながらしかし明確なストーリーではなくイメージで、それも「ウィンナワルツのカリカチュア」として書かれているこの作品を、不明瞭な混沌から過剰な高揚へ、そして崩壊へときっちり導いてくれたのは見事すぎる。最後の不協和音で終わるところも拍手でマスクされないというお客さまの協力もあって、奇跡的な(笑)コンサートはおしまい。特にも最後の五音、さすがにお客さんがこの曲を知らないってことはなさそうだけど、あたかも空中から巨大な物体が落下するさまをスローモーションで見ているかのようで息を呑んだ方も多かったのではないかなと。
*************
ということでですね、いや良いコンサートでございましたよ。1990年生まれの若きマエストロ、そりゃあ話題にもなるし各地のオーケストラが声をかけまくることでしょうよ。名前が示すとおり血筋としてはイタリア系なのかもしれないけれど、その音楽はお国柄どうこうではなくかなり現在の潮流を正しく咀嚼したもので、その軽やかさと目配りの良さは将来に期待するしかないものです。
2014年の初登場、そして今回の次はまだわからないけれど(とりあえず翌シーズンは登場しません→しつこく誘導する千葉である)、きっとまた東京交響楽団に来てくれるはず。っていうか来てくださいね。いえ伏してお願いします(卑屈)。その時はそうねえ、二つくらいのプログラムでマーラーも入ってると嬉しいなあ(妄想)。
それはさておき、最近東響にいい若手が来るとオケのファンの皆さんが一斉に「今すぐ首席客演指揮者にしてつなぎとめるんだ!」と言い出すのがなかなか楽しいのですが、こればっかりはスケジュールですからねえ…ダニエル君もよかったしロレンツォ君も見事だった。これからも継続的に来てくれる、そしてお互いにプラスになりうるいい指揮者と契約できたらいいよね、って東響の一ファンとしての千葉は思う次第でありました。
なお、ロレンツォ・ヴィオッティは9日には大阪交響楽団に客演します(フィルではないっす要注意っす)。長富彩とのリスト、そしてメインがプロコフィエフの第五番!聴きたい!行けない千葉の代わりに関西エリアの皆さん、ぜひお聴きになってガンガンレポートしてくださいね、想像してニヤニヤしますんで(笑)。
いろいろと他の作業や仕事の兼ね合いもあってベートーヴェンが聴きたい!それも”今の”やつを!という状態に陥り、1990年生まれの若いマエストロの演奏会に行ったんだ。まだ彼が指揮する公演があるので、これは早めに記事にしておきますね。
今回東京交響楽団に登場したロレンツォ・ヴィオッティは早逝した父の跡を継いだ、ということもないのだろうけれど若干26歳にしてポストに就任、各地でオペラを指揮している注目の指揮者、つい先日もヴェルビエ・フェスティヴァルに登場している。その動画はmediciで配信されていたので気になって観てみた。
で、その感想はといえば「自分がその年齢だった頃にどんなだったか、なんて考えたら首でもくくらないといけないレヴェルで堂々とした指揮者ぶり」というもの、さてでは実演は如何に?という、ちょっとしたお手並み拝見気分がなくはない。というか、今年の東京交響楽団ではそういう目利き気分が味わえる、有望な若手の登場が多かったっすね。(さりげなく来シーズンの話に誘導←と書くことで台なし)
◆東京交響楽団 東京オペラシティシリーズ第93回
2016年9月3日(土) 14時開演 東京オペラシティ コンサートホール
指揮:ロレンツォ・ヴィオッティ
管弦楽:東京交響楽団
曲目
ベートーヴェン:交響曲第四番 変ロ長調 Op.60
R.シュトラウス:「薔薇の騎士」組曲
ラヴェル:ラ・ヴァルス
東京交響楽団とは二回目の共演となったヴィオッティ。前回2014年はウルバンスキの代役として、すでにあったプログラムを見事に演奏してみせたけれど、今回は自身で編んだプログラムでの再登場。それはいうなれば”名刺代わり”のプログラムと見ていいのだろうから、通ぶって存分に値踏みをさせていただくのが、厭らしいけどある意味正しい態度でありましょうよ。逃げも隠れもしない、彼自信の渾身のプログラムでの登場、ということで(前回の代役についてはその対応力を褒めるべきものであり、”借り物のプログラム”だとけなしているわけではないことはいちおう為念)。
スイスに生まれウィーンとワイマールで学び、オペラにシンフォニーに活躍する若きイタリアとフランスの血を引くマエストロ、というキャリアをそのままに反映した選曲、とも言えるのかな※、などと思いつつ個人的なお目当ては最初に書いたとおりベートーヴェン。
※公演の後、東京交響楽団より以下のTweetでマエストロの意向が知れたわけである。なるほど、師匠譲りの入魂のプログラムだったのですね。千葉の読みとも矛盾はしないとは思いますが、実にいい話ですねこれ。
今回のベートーヴェン4番⇒ばら騎士⇒ラヴァルスというプログラムは、ヴィオッティ氏が薫陶を受けたジョルジュ・プレートル氏が、ある演奏会で取り上げたプログラムだったそう。とてもインスパイアされいつか自身で、とあたためていたそうです。 pic.twitter.com/Y8QI0l3r2k— 東京交響楽団Tokyo Symphony (@Tokyo_Symphony) 2016年9月4日
さて、お目当てのベートーヴェンは弦が12型、ティンパニがケトルドラムでトランペットはロータリーと、アーノンクール風から20世紀風までこなせてしまう東京交響楽団だからこそできる柔軟な対応ですね。だから思うわけです、彼の演奏についてもピリオド奏法どうこういうよりは、表現のスタイルとして「ヴィブラート控えめが基本、必要に応じて使ったり使わなかったり」がもはや現代スタンダードなのではないかしら?
さて演奏についてですが。第一楽章はすこし硬かった、ように思います。このホールだと時々ある「弦が壁になって管がうまく伸びてこない」時間帯もあったけれど、楽章の途中からはこの日の会場の響きにもなじんだか、実にいい響きが聴かれるように。「これはモーツァルトでもハイドンでもなく、ベートーヴェンですよ」と言わんばかりの低弦の存在感はいい目配りです、ヴィオッティ(偉そうに)。
その一楽章を高い解像度のいい響きで駆け抜けて第二楽章からは盤石、指揮者の意図も伝わったものと思う。フレーズの伸縮も自在、重心移動が巧みなので場面はことさらに力まなくても動いていくのが実に巧みで。
第三楽章のスケルツォ、速めのテンポで主部のアウフタクトを少し長めに取らせて音楽に引っかかりを作って単調な煽りだけの楽章にしない。テンポもそう落とさないけれど、トリオは角を落とした音楽の流れが美しいのなんの。そのままフィナーレにはアタッカで突入、その結果、あたかもこの交響曲がハイドンやモーツァルトのオペラに見られる「複数の場面が連続するフィナーレ」のように思えてくる。なにもアタッカで別々の場面が繋げられたから、という理由だけでそう感じたのではない、各声部が饒舌に語る演奏は恣意的なデフォルメなどなくとも十分に刺激的、劇的なものでした。お見事。
快速で駆け抜けるこの交響曲には、ついちょっとカルロス・クライバーがどうのこうのと言いたくなってしまう業ある世代の千葉だけど、彼のベートーヴェンについて古楽云々あまり言わなくていいのと同じ、もうことさらにそう言い立てる必要もないと思う。もちろん、カルロスの指揮に魅了されて指揮者になった元ウィーン・フィルの人たちについては、一言あってもいいかも、ですけど(笑)。
ということで、凝縮された古典派オペラのようにも感じられた刺激的なベートーヴェンに満足したわけです。なにより第四番、なかなか聴けないからね!
*************
後半はまず作曲者編曲による「薔薇の騎士」組曲。編成は16型でティンパニも当然モダン楽器、そして大量の打楽器。オペラの場合、打楽器が大量に必要でその上兼ね役も難しいから6人もいましたぜ(笑)。弦の人数が減るにせよ、ピットにどうやって入れているものかといつも思いますねオペラの編成がステージに載せられると。
で、演奏ですが、いやあ、雄弁ですよ劇的ですよ。先日のフォルクスオーパーの舞台を経て、「もしかしてこのオペラはオペレッタをそのままに”描写”した作品ではないか」とか余計なことを考えていたし、「この組曲はなんていうかちょっとただの接続曲で愉しみ難いよね」とか感じたりもする、この組曲に文句の多い千葉ですが、この日の演奏は存分に愉しみました。振り向きざまに始めた冒頭のホルンから、最後のワルツの狂騒まで。若いけど勢い任せにしない、でもクレヴァー過ぎて大人しくなっちゃうこともない。全幕を意識して指揮しているのがよくわかる場面描写に感心しました。ベートーヴェンではより構成、形式を示したヴィオッティだけれど、ここでは繊細な感情表現も実に見事で。素晴らしい若者じゃないか彼は!(洋画っぽい言い方)
…いやとても良かったし楽しんだけど、正直なところ「後生だから全曲聴かせてくれよ」ですよ。ほんと、全曲やってくださいヴィオッティ&東響で、新国で。
*************
ここまでで、短い時間ながらコンサートが終わってしまいそうな盛り上がりを見せたけれど、最後にはまだラ・ヴァルスが待っているのです。楽しいオペレッタの描写から一転、”失われたウィンナ・ワルツの幻想”でコンサートは終わるわけですね。曲間で捌けるメンバーが少なくて(E♭クラとチェレスタだけじゃないかな)、今さらながら20世紀初頭のフランス音楽のぜいたく感に驚きますが、まあそれがWWI前のベル・エポックなんだよね、とかなんとか。
東京交響楽団のきっちり感、ラヴェルに合うよねって前から個人的には思っていまして。その昔、スダーン時代に聴いた「ダフニスとクロエ」第二組曲がなかなかよかったように記憶しているのだけれど、いつの公演だったかな…(こういうど忘れ&探しだせずを回避するためにものを書いているところ、自分にはあります)
そしてヴィオッティも若いのに(若いから、かな)、きっちりと書かれてある音符を有機的に音にしていくからもう楽しいのなんの。楽しすぎて「俺は過去にこの曲ライヴで聴いたことあったかな…」と何度も思うほどに新鮮な音の連続でしたわよ。バレエ音楽として構想されながらしかし明確なストーリーではなくイメージで、それも「ウィンナワルツのカリカチュア」として書かれているこの作品を、不明瞭な混沌から過剰な高揚へ、そして崩壊へときっちり導いてくれたのは見事すぎる。最後の不協和音で終わるところも拍手でマスクされないというお客さまの協力もあって、奇跡的な(笑)コンサートはおしまい。特にも最後の五音、さすがにお客さんがこの曲を知らないってことはなさそうだけど、あたかも空中から巨大な物体が落下するさまをスローモーションで見ているかのようで息を呑んだ方も多かったのではないかなと。
*************
ということでですね、いや良いコンサートでございましたよ。1990年生まれの若きマエストロ、そりゃあ話題にもなるし各地のオーケストラが声をかけまくることでしょうよ。名前が示すとおり血筋としてはイタリア系なのかもしれないけれど、その音楽はお国柄どうこうではなくかなり現在の潮流を正しく咀嚼したもので、その軽やかさと目配りの良さは将来に期待するしかないものです。
2014年の初登場、そして今回の次はまだわからないけれど(とりあえず翌シーズンは登場しません→しつこく誘導する千葉である)、きっとまた東京交響楽団に来てくれるはず。っていうか来てくださいね。いえ伏してお願いします(卑屈)。その時はそうねえ、二つくらいのプログラムでマーラーも入ってると嬉しいなあ(妄想)。
それはさておき、最近東響にいい若手が来るとオケのファンの皆さんが一斉に「今すぐ首席客演指揮者にしてつなぎとめるんだ!」と言い出すのがなかなか楽しいのですが、こればっかりはスケジュールですからねえ…ダニエル君もよかったしロレンツォ君も見事だった。これからも継続的に来てくれる、そしてお互いにプラスになりうるいい指揮者と契約できたらいいよね、って東響の一ファンとしての千葉は思う次第でありました。
なお、ロレンツォ・ヴィオッティは9日には大阪交響楽団に客演します(フィルではないっす要注意っす)。長富彩とのリスト、そしてメインがプロコフィエフの第五番!聴きたい!行けない千葉の代わりに関西エリアの皆さん、ぜひお聴きになってガンガンレポートしてくださいね、想像してニヤニヤしますんで(笑)。
2016年8月5日金曜日
ポポフとショスタコーヴィチの続き
こんにちは。千葉です。
さて、先日の続きを書いてしまいましょう。そうでないと日本初演の感想も書けませんし。最近の千葉は意外と上坂すみれ嬢が気に入っているようだ、というボケ含みの内容になりそうです(笑)。
*************
(承前)
ガブリイル・ポポフの交響曲を東京交響楽団が日本初演するめぐり合わせには、また別の感慨がある。創立70周年を迎えたこのオーケストラは、かつて上田仁時代に数多くのショスタコーヴィチ、プロコフィエフ作品の日本初演を行ってきたことでも知られている。そんな東京交響楽団がポポフの封印された交響曲を日本で最初に世に示すのは、ある意味”正しい”成り行きと言えるだろう。
もちろん指揮者は上田仁ではなく飯森範親だし、往時のメンバーが居るわけでもない。しかし当時から今に至るも東京交響楽団の進取の気性は今も健在なのだ、そう感じられることが喜ばしい。シュトラウスの交響詩が「メンゲルベルクと彼の優れたコンセルトヘボウ管弦楽団に」捧げられていることが既に歴史のいちページであるように、こうした出来事、めぐりあいの蓄積がオーケストラの歴史を作る。そして我々音楽ファンもまた、歴史の証人として経験を積むわけである。
そしてポポフの友人にして今年生誕110年の、そして没後41年のドミトリー・ショスタコーヴィチの命日(8月9日)にはプラウダ批判からの名誉回復を賭けて作曲した交響曲第五番が、絶賛開催中のフェスタサマーミューザKAWASAKI2016にて、昭和音楽大学管弦楽団によって演奏される。真偽定かならぬ逸話として「ピアニッシモで静かに終わっていてもこんなに評価されたかな」と作曲者がうそぶいたという「革命」の愛称で知られるこの作品は、果たして”ベートーヴェン的古典にも通じる作品”なのか、それとも第四番と本質的に変わらない、ショスタコーヴィチらしい交響曲なのか。音楽はすべてを語っているはずだ、だからまずはその音に耳を澄ませようではないか。
かつて同じ道を歩んだ二人が道を違えざるを得なかった、まさにその時期を象徴する二作が続けざまに演奏されるこの夏は、ひときわソヴィエト音楽が熱い。
*************
終わった公演のための記事として構想していたものだから、ここでは膨らませるのはやめました。ご容赦のほど。
ショスタコーヴィチの交響曲を読むために必要なキーワードは、引用やプロット、標題も大事なのですが、「公/私」という視点が求められるのだ、という話を最近どこかで読みました(どこだったかな…)。
交響曲は公のもの、だから当局に批判もされるし場合によっては潰される。対して室内楽や声楽曲はそこまでの縛りがなく、たとえばショスタコーヴィチなら弦楽四重奏曲や歌曲でそうとう攻撃的な姿勢を示している。何も「ラヨーク」まで引き合いに出さずとも、彼の室内楽や歌曲は危ない橋をわたっていることは少なくともショスタコーヴィチが好きな方はご存知でしょう。知らなかったとは言ってほしくない(追悼モード)。
その視点で考えれば、交響曲第五番は革命20周年を記念する、国家の歴史に刻まれるべき社会が認める傑作、ということにまずはなった。その後、真偽怪しいことで有名な「ショスタコーヴィチの証言」で「すべての交響曲は墓標である」とされてその認識で解釈・受容されて。
しかしこの作品、第一楽章における「カルメン」の引用などからショスタコーヴィチの私的領域のドラマを盛り込まれた作品でもある、ということがわかってきています。第一〇番が自らの署名であるDSCH音型(D-Es-C-H)からそういった意味合いがあることは知られていましたが、第五番もそういう性格を併せ持っていました、というさらなる展開が待っていようとは、「革命」とLPレコードのジャケットに大書した往時の制作サイドはどう思われることやら(冗談です)。
ショスタコーヴィチはプラウダ批判に抗うように即座に交響曲第四番、第五番を書いた、しかもそこには多重底の仕掛けがあった。ポポフは交響曲第一番の演奏禁止から立ち直って次の交響曲を書くまで10年近い時間が必要だった、しかも完成した第二番は映画音楽による当局が喜ぶ作品だった。この分かれた道の残酷さに何を思うか。そんな暑苦しい夏もまた一興ですよみなさん!(いつもの調子に戻った)
ちなみにですね、ポポフの交響曲第一番(昨日からポポーフ表記がメジャーになりそうな勢いですが)ですが、今月末にはオーケストラ・ダヴァーイがアマチュア日本初演します(もしかすると企画そのものはこっちが先だったかも、くらいの微妙なタイミング。昨日の会場にたくさんいらしていたようです、曲をよく知っているお客さんが多いったらない)。飯森範親&東響の演奏を聴いておかわりされたい方も、聴き逃して残念極まりないと思われる方も如何でしょう。メインはDSCH音型が乱舞する第一〇番ですよ。
さらに紹介しそこねたのでここにサクッと書きますが、PMFオーケストラの東京公演が異常に長いプログラムのメインでショスタコーヴィチの交響曲第八番を演奏するんですよね、行けないけど。
とか、これからも久しぶりにショスタコーヴィチの話ができるはずだ、ですよ。まずは体調を戻していろいろ仕込もうと思う次第ですよ。では本日はひとまずこれで。ごきげんよう。
さて、先日の続きを書いてしまいましょう。そうでないと日本初演の感想も書けませんし。最近の千葉は意外と上坂すみれ嬢が気に入っているようだ、というボケ含みの内容になりそうです(笑)。
*************
(承前)
ガブリイル・ポポフの交響曲を東京交響楽団が日本初演するめぐり合わせには、また別の感慨がある。創立70周年を迎えたこのオーケストラは、かつて上田仁時代に数多くのショスタコーヴィチ、プロコフィエフ作品の日本初演を行ってきたことでも知られている。そんな東京交響楽団がポポフの封印された交響曲を日本で最初に世に示すのは、ある意味”正しい”成り行きと言えるだろう。
もちろん指揮者は上田仁ではなく飯森範親だし、往時のメンバーが居るわけでもない。しかし当時から今に至るも東京交響楽団の進取の気性は今も健在なのだ、そう感じられることが喜ばしい。シュトラウスの交響詩が「メンゲルベルクと彼の優れたコンセルトヘボウ管弦楽団に」捧げられていることが既に歴史のいちページであるように、こうした出来事、めぐりあいの蓄積がオーケストラの歴史を作る。そして我々音楽ファンもまた、歴史の証人として経験を積むわけである。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
そしてポポフの友人にして今年生誕110年の、そして没後41年のドミトリー・ショスタコーヴィチの命日(8月9日)にはプラウダ批判からの名誉回復を賭けて作曲した交響曲第五番が、絶賛開催中のフェスタサマーミューザKAWASAKI2016にて、昭和音楽大学管弦楽団によって演奏される。真偽定かならぬ逸話として「ピアニッシモで静かに終わっていてもこんなに評価されたかな」と作曲者がうそぶいたという「革命」の愛称で知られるこの作品は、果たして”ベートーヴェン的古典にも通じる作品”なのか、それとも第四番と本質的に変わらない、ショスタコーヴィチらしい交響曲なのか。音楽はすべてを語っているはずだ、だからまずはその音に耳を澄ませようではないか。
かつて同じ道を歩んだ二人が道を違えざるを得なかった、まさにその時期を象徴する二作が続けざまに演奏されるこの夏は、ひときわソヴィエト音楽が熱い。
*************
終わった公演のための記事として構想していたものだから、ここでは膨らませるのはやめました。ご容赦のほど。
ショスタコーヴィチの交響曲を読むために必要なキーワードは、引用やプロット、標題も大事なのですが、「公/私」という視点が求められるのだ、という話を最近どこかで読みました(どこだったかな…)。
交響曲は公のもの、だから当局に批判もされるし場合によっては潰される。対して室内楽や声楽曲はそこまでの縛りがなく、たとえばショスタコーヴィチなら弦楽四重奏曲や歌曲でそうとう攻撃的な姿勢を示している。何も「ラヨーク」まで引き合いに出さずとも、彼の室内楽や歌曲は危ない橋をわたっていることは少なくともショスタコーヴィチが好きな方はご存知でしょう。知らなかったとは言ってほしくない(追悼モード)。
その視点で考えれば、交響曲第五番は革命20周年を記念する、国家の歴史に刻まれるべき社会が認める傑作、ということにまずはなった。その後、真偽怪しいことで有名な「ショスタコーヴィチの証言」で「すべての交響曲は墓標である」とされてその認識で解釈・受容されて。
しかしこの作品、第一楽章における「カルメン」の引用などからショスタコーヴィチの私的領域のドラマを盛り込まれた作品でもある、ということがわかってきています。第一〇番が自らの署名であるDSCH音型(D-Es-C-H)からそういった意味合いがあることは知られていましたが、第五番もそういう性格を併せ持っていました、というさらなる展開が待っていようとは、「革命」とLPレコードのジャケットに大書した往時の制作サイドはどう思われることやら(冗談です)。
ショスタコーヴィチはプラウダ批判に抗うように即座に交響曲第四番、第五番を書いた、しかもそこには多重底の仕掛けがあった。ポポフは交響曲第一番の演奏禁止から立ち直って次の交響曲を書くまで10年近い時間が必要だった、しかも完成した第二番は映画音楽による当局が喜ぶ作品だった。この分かれた道の残酷さに何を思うか。そんな暑苦しい夏もまた一興ですよみなさん!(いつもの調子に戻った)
ちなみにですね、ポポフの交響曲第一番(昨日からポポーフ表記がメジャーになりそうな勢いですが)ですが、今月末にはオーケストラ・ダヴァーイがアマチュア日本初演します(もしかすると企画そのものはこっちが先だったかも、くらいの微妙なタイミング。昨日の会場にたくさんいらしていたようです、曲をよく知っているお客さんが多いったらない)。飯森範親&東響の演奏を聴いておかわりされたい方も、聴き逃して残念極まりないと思われる方も如何でしょう。メインはDSCH音型が乱舞する第一〇番ですよ。
さらに紹介しそこねたのでここにサクッと書きますが、PMFオーケストラの東京公演が異常に長いプログラムのメインでショスタコーヴィチの交響曲第八番を演奏するんですよね、行けないけど。
とか、これからも久しぶりにショスタコーヴィチの話ができるはずだ、ですよ。まずは体調を戻していろいろ仕込もうと思う次第ですよ。では本日はひとまずこれで。ごきげんよう。
2016年8月3日水曜日
今、この時に鳴り響く問題作
こんにちは。千葉です。
え~、酷い夏バテです。久しぶりに関東の夏を全身で逃げようもなく経験して、あっさりと負けています。盛夏はこれからというのに、千葉は生き延びることができるか。この調子では刻の涙を見て木星に行って終わってしまうのではないか(なぜガンダムしばり)。
そんな具合であるがゆえ、とある記事が完成できず寄稿できませんでした。いろいろすみません。
でもほとんどできているので(というか、実は記事二本分の内容であるような気がする)、こちらにお出しします。明日日本初演、ガブリイル・ポポフの交響曲第一番の話です。指揮は飯森範親、オーケストラは東京交響楽団です。詳しくはリンク先で。以下本文。
*************
ガブリイル・ポポフ(1904-1972)が数年をかけて完成した作品、交響曲第一番(1934)がついに飯森範親の指揮の元、東京交響楽団によって日本初演される。と紹介すると「80年も前に作られた、もはや”現代音楽”とも言えない昔の作品なのに、なぜ今ごろになって日本初演なのか」と疑問に感じられるだろうか。だがそう問われれば「この作品はそれだけの”問題作”なのだ」と答える他ない。
少し歴史の話をしよう。第一次ロシア革命(1905)前後から、革命と並走するように勃興した「ロシア・アヴァンギャルド」と呼ばれる一連の芸術運動があった。イタリアの未来派とも共通する過去の伝統と隔絶する思潮を持ちながらも、ロシアでは革命との”協働”によってその成果は独特なものとなり、一目見れば忘れようもないほどのインパクトを残すポスターなどは現在でも模倣やパロディとして取り上げられ、目に見えて影響を与えている。美術、文学、建築など幾つものジャンルにおける芸術運動の流れの中に、もちろん音楽もあった。アレクサンドル・スクリャービン(1872-1915)から、1930年代のドミトリー・ショスタコーヴィチやガブリイル・ポポフの若き日々に至る、短いとは言えない期間にロシア・ソヴィエト独自の新しい音楽が作られている。例を挙げるなら短い作品だがアレクサンドル・モソロフの「鉄工場」(1926)が示す感情を排した描写によるストレートな未来主義、技術礼賛は音楽におけるひとつの典型といえるだろう。
(このポスターはアレクサンドル・ロトチェンコの有名な作品(1924)だが、数多くのパロディでご存じの方も多いことだろう。余談だが、筆者はこのポスターをデザイン化したTシャツを持っている。着ている時に人に見られるような気がする事が多いので「さすがロトチェンコ、人目を引きやがる」などと思っていたけれど、もしかして人々はフランツ・フェルディナンドのジャケットだと思って見ているのではないだろうか。まさか「たのしいプロパガンダ」ではあるまいな。さて。)
そんな挑戦的な試みの時代を終わらせたのが1930年代のスターリンによる大粛清であり、こと音楽はショスタコーヴィチを名指した「プラウダ批判」(1936年)でとどめを刺される。若き天才がその才能を存分に発揮したオペラ「ムツェンスク郡のマクベス夫人」は新作ながら大ヒットする。各地のオペラハウスがこぞって取り上げるロングランとなったばかりに問題作がスターリンの目に留まることになるのだから皮肉なものだ。この作品を名指しして「音楽ではなく荒唐無稽」と批判され、作曲中の交響曲第四番は完成にこぎつけるも初演を公演直前に撤回、その後25年放置されることになる。
そしてショスタコーヴィチ生涯の友人、ポポフの交響曲第一番はそのわずか2年前に作曲されて、当局から演奏を禁止されていた、ある意味先駆的な問題作なのだ。いや、演奏禁止自体はほどなく解除されるのだが、当局に目をつけられていたショスタコーヴィチのお気に入りの作品で、なにより一度は当局が正式に否定した作品に手を出す者もなく、冷戦の終わりを目前にした1989年にゲンナジー・プロヴァトロフの指揮、モスクワ国立交響楽団によって世界初録音が行われて、ようやく”封印”は解かれることになる。2004年にはレオン・ボッツスタイン指揮ロンドン交響楽団によるレコーディングによってその真価が広く世界に知られた、”あの”ショスタコーヴィチの第四番に先行した問題作がついに日本でも演奏されるわけである。
ガブリイル・ポポフ(1904-1976)はショスタコーヴィチより2年年長で3年ほど先に亡くなっている、まったくの同時代人で生涯の同僚、友人だった。六つの交響曲(第七番は未完)他、多様なジャンルで多くの作品を残したポポフだが、上記の事情もあって交響曲第一番の前後で大きく作風が変わっている。ヒンデミットやシェーンベルクなどのモダンな作品に大きく影響されて奔放な活躍をしていた初期の作風は否定されたため、当局が求める社会主義リアリズムへと大きく創作の傾向を変えたのだ。せめて、第一番に続いて構想されていたという”第二”の交響曲※が作られていれば、これほど忘れられることもなかっただろうけれど、当時のソヴィエト社会が求める作品を作るようになったポポフは後世の評価としては残念ながら「ソヴィエトの凡百の作曲家のひとり」として生涯を終えている。
※実際に書かれた第二番(1943)は映画音楽を元にした作品で、第一番とは似たところのない穏当な、古典的ですらある曲調となっている
それでも彼の名を音楽史に残し、彼自身の転機となった交響曲第一番は、四管編成に大量の打楽器を用いた大オーケストラのための意欲的な作品だ。三楽章の交響曲であることも含め、直接にショスタコーヴィチの交響曲第四番の先駆的作品といえる。フレクサトーン特有の音型を管弦楽が模したようなフレーズや、大編成の管弦楽の咆哮、そして見逃せないフィナーレにおけるスクリャービンの濃厚な影響など、一度聴いたら忘れようもない強い印象を残す交響曲を作曲していたこの時、あきらかにポポフはショスタコーヴィチに負けない才能だった。そのことは今度の日本初演で多くの音楽ファンが認識することだろう。
生涯の友人同士が触発し合った作品だというだけではなく、ポポフの交響曲第一番とショスタコーヴィチの交響曲第四番には共通点がある。この二つの作品は、当時ナチスを避けてソヴィエトに亡命していた指揮者、フリッツ・シュティードリーにより演奏されているのだ(もっとも、ショスタコーヴィチの作品は上記のとおり最終リハーサルの後に”初演”は中止され、1961年にようやくキリル・コンドラシンによって初演されるのだが)。
ウィーンでグスタフ・マーラーに見出されてドイツ各地の歌劇場で活躍、後年メトロポリタン歌劇場と残した録音が知られるマエストロは、1934年からレニングラード・フィルハーモニー管弦楽団の首席指揮者を務めている。ショスタコーヴィチの交響曲第四番の初演撤回について、長らく”シュティードリーがこの複雑な作品をこなせなかった””乗り気でなかった”などと批判されてきたものだが、既にショスタコーヴィチを刺激したポポフ作品を初演し、後年にはシェーンベルクの室内交響曲第二番を初演した彼が「マーラー的な作品を理解できなかった」というのはさすがに失礼ではないか?と筆者は長年感じている。むしろポポフの交響曲第一番をめぐるトラブルを経験していた彼が、才能ある作曲家が当局に挑みかかるような作品を創りあげてしまったことを誰よりも理解したがゆえに、演奏後のトラブルを心配して初演の中止を進言した、とは考えられないだろうか?…もちろんこれは想像でしかない、「正解」は歴史の闇の中なのだけれど。
政府が名指しでショスタコーヴィチを責め、交響曲第四番を作曲しながら初演しなかったその翌年である1937年にシュティードリーはソヴィエトを離れ、彼が担っていたレニングラード・フィルの常任指揮者後任には当時まだ30代前半の若きエフゲニー・ムラヴィンスキーが着任、ショスタコーヴィチの交響曲第五番を初演して長きに渡る指揮者と作曲家の交流が始まる。ポポフの交響曲第一番はそんな時代の音楽だ。長く封印されたその音楽は、80年の時を超えてようやく日本でも鳴り響く。(本文終わり)
*************
これにですね、もう一つか二つのショスタコーヴィチのコンサートを組合せた記事にすることを考えていたんですが、ちょっとその構想の時点で夏バテだったようです。自覚症状がないって怖いですわ。
その続きはそう長くないもののはずなので、あとでちょろっと書きますね。ではまた。
※追記:続き、ちょっとだけ書きました。はじめからB面寄りのテイストですみません(笑)
え~、酷い夏バテです。久しぶりに関東の夏を全身で逃げようもなく経験して、あっさりと負けています。盛夏はこれからというのに、千葉は生き延びることができるか。この調子では刻の涙を見て木星に行って終わってしまうのではないか(なぜガンダムしばり)。
そんな具合であるがゆえ、とある記事が完成できず寄稿できませんでした。いろいろすみません。
でもほとんどできているので(というか、実は記事二本分の内容であるような気がする)、こちらにお出しします。明日日本初演、ガブリイル・ポポフの交響曲第一番の話です。指揮は飯森範親、オーケストラは東京交響楽団です。詳しくはリンク先で。以下本文。
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ガブリイル・ポポフ(1904-1972)が数年をかけて完成した作品、交響曲第一番(1934)がついに飯森範親の指揮の元、東京交響楽団によって日本初演される。と紹介すると「80年も前に作られた、もはや”現代音楽”とも言えない昔の作品なのに、なぜ今ごろになって日本初演なのか」と疑問に感じられるだろうか。だがそう問われれば「この作品はそれだけの”問題作”なのだ」と答える他ない。
少し歴史の話をしよう。第一次ロシア革命(1905)前後から、革命と並走するように勃興した「ロシア・アヴァンギャルド」と呼ばれる一連の芸術運動があった。イタリアの未来派とも共通する過去の伝統と隔絶する思潮を持ちながらも、ロシアでは革命との”協働”によってその成果は独特なものとなり、一目見れば忘れようもないほどのインパクトを残すポスターなどは現在でも模倣やパロディとして取り上げられ、目に見えて影響を与えている。美術、文学、建築など幾つものジャンルにおける芸術運動の流れの中に、もちろん音楽もあった。アレクサンドル・スクリャービン(1872-1915)から、1930年代のドミトリー・ショスタコーヴィチやガブリイル・ポポフの若き日々に至る、短いとは言えない期間にロシア・ソヴィエト独自の新しい音楽が作られている。例を挙げるなら短い作品だがアレクサンドル・モソロフの「鉄工場」(1926)が示す感情を排した描写によるストレートな未来主義、技術礼賛は音楽におけるひとつの典型といえるだろう。
(このポスターはアレクサンドル・ロトチェンコの有名な作品(1924)だが、数多くのパロディでご存じの方も多いことだろう。余談だが、筆者はこのポスターをデザイン化したTシャツを持っている。着ている時に人に見られるような気がする事が多いので「さすがロトチェンコ、人目を引きやがる」などと思っていたけれど、もしかして人々はフランツ・フェルディナンドのジャケットだと思って見ているのではないだろうか。まさか「たのしいプロパガンダ」ではあるまいな。さて。)
そんな挑戦的な試みの時代を終わらせたのが1930年代のスターリンによる大粛清であり、こと音楽はショスタコーヴィチを名指した「プラウダ批判」(1936年)でとどめを刺される。若き天才がその才能を存分に発揮したオペラ「ムツェンスク郡のマクベス夫人」は新作ながら大ヒットする。各地のオペラハウスがこぞって取り上げるロングランとなったばかりに問題作がスターリンの目に留まることになるのだから皮肉なものだ。この作品を名指しして「音楽ではなく荒唐無稽」と批判され、作曲中の交響曲第四番は完成にこぎつけるも初演を公演直前に撤回、その後25年放置されることになる。
そしてショスタコーヴィチ生涯の友人、ポポフの交響曲第一番はそのわずか2年前に作曲されて、当局から演奏を禁止されていた、ある意味先駆的な問題作なのだ。いや、演奏禁止自体はほどなく解除されるのだが、当局に目をつけられていたショスタコーヴィチのお気に入りの作品で、なにより一度は当局が正式に否定した作品に手を出す者もなく、冷戦の終わりを目前にした1989年にゲンナジー・プロヴァトロフの指揮、モスクワ国立交響楽団によって世界初録音が行われて、ようやく”封印”は解かれることになる。2004年にはレオン・ボッツスタイン指揮ロンドン交響楽団によるレコーディングによってその真価が広く世界に知られた、”あの”ショスタコーヴィチの第四番に先行した問題作がついに日本でも演奏されるわけである。
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ガブリイル・ポポフ(1904-1976)はショスタコーヴィチより2年年長で3年ほど先に亡くなっている、まったくの同時代人で生涯の同僚、友人だった。六つの交響曲(第七番は未完)他、多様なジャンルで多くの作品を残したポポフだが、上記の事情もあって交響曲第一番の前後で大きく作風が変わっている。ヒンデミットやシェーンベルクなどのモダンな作品に大きく影響されて奔放な活躍をしていた初期の作風は否定されたため、当局が求める社会主義リアリズムへと大きく創作の傾向を変えたのだ。せめて、第一番に続いて構想されていたという”第二”の交響曲※が作られていれば、これほど忘れられることもなかっただろうけれど、当時のソヴィエト社会が求める作品を作るようになったポポフは後世の評価としては残念ながら「ソヴィエトの凡百の作曲家のひとり」として生涯を終えている。
※実際に書かれた第二番(1943)は映画音楽を元にした作品で、第一番とは似たところのない穏当な、古典的ですらある曲調となっている
それでも彼の名を音楽史に残し、彼自身の転機となった交響曲第一番は、四管編成に大量の打楽器を用いた大オーケストラのための意欲的な作品だ。三楽章の交響曲であることも含め、直接にショスタコーヴィチの交響曲第四番の先駆的作品といえる。フレクサトーン特有の音型を管弦楽が模したようなフレーズや、大編成の管弦楽の咆哮、そして見逃せないフィナーレにおけるスクリャービンの濃厚な影響など、一度聴いたら忘れようもない強い印象を残す交響曲を作曲していたこの時、あきらかにポポフはショスタコーヴィチに負けない才能だった。そのことは今度の日本初演で多くの音楽ファンが認識することだろう。
生涯の友人同士が触発し合った作品だというだけではなく、ポポフの交響曲第一番とショスタコーヴィチの交響曲第四番には共通点がある。この二つの作品は、当時ナチスを避けてソヴィエトに亡命していた指揮者、フリッツ・シュティードリーにより演奏されているのだ(もっとも、ショスタコーヴィチの作品は上記のとおり最終リハーサルの後に”初演”は中止され、1961年にようやくキリル・コンドラシンによって初演されるのだが)。
ウィーンでグスタフ・マーラーに見出されてドイツ各地の歌劇場で活躍、後年メトロポリタン歌劇場と残した録音が知られるマエストロは、1934年からレニングラード・フィルハーモニー管弦楽団の首席指揮者を務めている。ショスタコーヴィチの交響曲第四番の初演撤回について、長らく”シュティードリーがこの複雑な作品をこなせなかった””乗り気でなかった”などと批判されてきたものだが、既にショスタコーヴィチを刺激したポポフ作品を初演し、後年にはシェーンベルクの室内交響曲第二番を初演した彼が「マーラー的な作品を理解できなかった」というのはさすがに失礼ではないか?と筆者は長年感じている。むしろポポフの交響曲第一番をめぐるトラブルを経験していた彼が、才能ある作曲家が当局に挑みかかるような作品を創りあげてしまったことを誰よりも理解したがゆえに、演奏後のトラブルを心配して初演の中止を進言した、とは考えられないだろうか?…もちろんこれは想像でしかない、「正解」は歴史の闇の中なのだけれど。
政府が名指しでショスタコーヴィチを責め、交響曲第四番を作曲しながら初演しなかったその翌年である1937年にシュティードリーはソヴィエトを離れ、彼が担っていたレニングラード・フィルの常任指揮者後任には当時まだ30代前半の若きエフゲニー・ムラヴィンスキーが着任、ショスタコーヴィチの交響曲第五番を初演して長きに渡る指揮者と作曲家の交流が始まる。ポポフの交響曲第一番はそんな時代の音楽だ。長く封印されたその音楽は、80年の時を超えてようやく日本でも鳴り響く。(本文終わり)
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これにですね、もう一つか二つのショスタコーヴィチのコンサートを組合せた記事にすることを考えていたんですが、ちょっとその構想の時点で夏バテだったようです。自覚症状がないって怖いですわ。
その続きはそう長くないもののはずなので、あとでちょろっと書きますね。ではまた。
※追記:続き、ちょっとだけ書きました。はじめからB面寄りのテイストですみません(笑)
2016年8月1日月曜日
きっと往年のあれはこういう ~東京フィルハーモニー交響楽団 第883回オーチャード定期演奏会
こんにちは。千葉です。
夏バテからのリハビリで、編集機能を発揮せず書きます。…ぼかさずにはっきり書くと「思いつくこと思い出せること全部、ダラダラと長く書きます」です、すみません(笑)。
*************
さて伺いましたコンサート、おそらくこの日受け取った感触は9月の公演紹介で参照しそうには思いますが、単独の記事に残すべき価値ある公演でしたのでここに。
●東京フィルハーモニー交響楽団 第883回オーチャード定期演奏会
2016年7月24日(日) 15:00開演 開場:Bunkamuraオーチャードホール
プッチーニ:歌劇『蝶々夫人』(演奏会形式・字幕付)
指揮:チョン・ミョンフン
合唱:新国立劇場合唱団
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
キャスト:
蝶々夫人(ソプラノ):ヴィットリア・イェオ
ピンカートン(テノール):ヴィンチェンツォ・コスタンツォ
シャープレス(バリトン):甲斐栄次郎
スズキ(メゾ・ソプラノ):山下牧子
ゴロー(テノール):糸賀修平
ボンゾ(バリトン):志村文彦
ヤマドリ(バリトン):小林由樹
ケイト(メゾ・ゾプラノ):谷原めぐみ
チョン・ミョンフンをオペラ指揮者として認識しながら(かつてバスティーユ・オペラとしてパリ・オペラ座が大々的にプロモーションされたころに彼を知った、そういう世代なのです)、なかなかその実演に触れる機会がなく。ついに得られたこの機会は演奏会形式ながら期待しかない公演は、前々日のサントリーホール公演が早々に完売し、こちらのオーチャードホール公演も当日までには完売しておりました。さもありなん。
新国立劇場の舞台に多く触れ、かつアンドレア・バッティストーニのリハーサル&コンサートを取材する中で「なるほど東京フィルはイタリア・オペラを得意とする、オペラハウスのオーケストラのような性格が強いのか」と感じられてきたので※、このめぐり合わせ自体は大歓迎ですし、千葉は「蝶々夫人」を名作と断じる者でありますので、この演奏会は大いに楽しみにしていました。予習として、IMSLPからスコアをダウンロードして、お気に入りのロス・アンヘレスの盤を聴き直して(この盤、何がいいってユッシ・ビョルリンクのピンカートンが「バカだけど悪いやつには思えない」真摯な歌唱なので何を歌ってもいちいち怒らなくて済むのがいい←酷い評価基準ですが、ピンカートンだけは何かに障るものがある系男子なので許してください)。スコアを見ると、割と何の変哲もないイタリア・オペラのスコアっぽいのにあの音がするあたりがプッチーニの技なのでしょう、とは思うがまだ踏み込んで書くほどの認識ではないので機会があればまた(後日きっと、必要に駆られて「ラ・ボエーム」のスコアも眺めなければならないでしょうから)。
※もちろん、個人的な感触なので誤っている可能性はあります。あえて言うならば「東京フィルと同様に多くその演奏を取材して、同じく新国立劇場のピットでも活躍する東京交響楽団との比較において」とより正確を期した注釈をしてもいいかなと思います。首都圏のオーケストラ、それぞれの個性を紹介できるよう精進しますよ。
*************
そんなわけでそれなりに準備万端で伺いましたよオーチャードホール。渋谷駅の雑踏が恐ろしいので神泉駅で降りて一路Bunkamuraへ(駅前のうるささは、たまに行くとあの環境を許した人の正気を疑う水準です。その喧しさをアトラクションと感じているのか、欧亜問わず多くの外国人観光客がいたのはなんというか。あと、お嬢さん方のメイクの雰囲気が比較的よく行く新宿とは違うのかな、とか思ったりして、渋谷も変わったものだとか訳知り顔をしてみたくなり申した)。
久しぶりのオーチャードホールの舞台には、前方に幾つかの椅子と平台があり、そしてふだんはピットにいて見えないプッチーニのオーケストラがみっしりと居並び、その後ろに合唱席が用意されていて、これが既に見ものなのです。特に打楽器。弦楽器の編成が大きめなのはピットのサイズからくる制約がないからこそ、でしょうけれど、プッチーニはワーグナーに影響を受けた世代の作曲家なのよねえ、と開演前からしみじみと思うのです。そう、流麗なメロディに心動かされるドラマはもちろん魅力だけれど、それに加えてオーケストレーションの巧みさがね。舞台にオーケストラが乗った状態であればストレートにその響きが客席に届くわけで、プッチーニの技を存分に楽しむのに不足はない。というところまで書いて、ようやくコンサートは始まります!みんなー、着いてきてるかなー?(笑)
夏バテからのリハビリで、編集機能を発揮せず書きます。…ぼかさずにはっきり書くと「思いつくこと思い出せること全部、ダラダラと長く書きます」です、すみません(笑)。
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さて伺いましたコンサート、おそらくこの日受け取った感触は9月の公演紹介で参照しそうには思いますが、単独の記事に残すべき価値ある公演でしたのでここに。
●東京フィルハーモニー交響楽団 第883回オーチャード定期演奏会
2016年7月24日(日) 15:00開演 開場:Bunkamuraオーチャードホール
プッチーニ:歌劇『蝶々夫人』(演奏会形式・字幕付)
合唱:新国立劇場合唱団
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
キャスト:
蝶々夫人(ソプラノ):ヴィットリア・イェオ
ピンカートン(テノール):ヴィンチェンツォ・コスタンツォ
シャープレス(バリトン):甲斐栄次郎
スズキ(メゾ・ソプラノ):山下牧子
ゴロー(テノール):糸賀修平
ボンゾ(バリトン):志村文彦
ヤマドリ(バリトン):小林由樹
ケイト(メゾ・ゾプラノ):谷原めぐみ
チョン・ミョンフンをオペラ指揮者として認識しながら(かつてバスティーユ・オペラとしてパリ・オペラ座が大々的にプロモーションされたころに彼を知った、そういう世代なのです)、なかなかその実演に触れる機会がなく。ついに得られたこの機会は演奏会形式ながら期待しかない公演は、前々日のサントリーホール公演が早々に完売し、こちらのオーチャードホール公演も当日までには完売しておりました。さもありなん。
新国立劇場の舞台に多く触れ、かつアンドレア・バッティストーニのリハーサル&コンサートを取材する中で「なるほど東京フィルはイタリア・オペラを得意とする、オペラハウスのオーケストラのような性格が強いのか」と感じられてきたので※、このめぐり合わせ自体は大歓迎ですし、千葉は「蝶々夫人」を名作と断じる者でありますので、この演奏会は大いに楽しみにしていました。予習として、IMSLPからスコアをダウンロードして、お気に入りのロス・アンヘレスの盤を聴き直して(この盤、何がいいってユッシ・ビョルリンクのピンカートンが「バカだけど悪いやつには思えない」真摯な歌唱なので何を歌ってもいちいち怒らなくて済むのがいい←酷い評価基準ですが、ピンカートンだけは何かに障るものがある系男子なので許してください)。スコアを見ると、割と何の変哲もないイタリア・オペラのスコアっぽいのにあの音がするあたりがプッチーニの技なのでしょう、とは思うがまだ踏み込んで書くほどの認識ではないので機会があればまた(後日きっと、必要に駆られて「ラ・ボエーム」のスコアも眺めなければならないでしょうから)。
※もちろん、個人的な感触なので誤っている可能性はあります。あえて言うならば「東京フィルと同様に多くその演奏を取材して、同じく新国立劇場のピットでも活躍する東京交響楽団との比較において」とより正確を期した注釈をしてもいいかなと思います。首都圏のオーケストラ、それぞれの個性を紹介できるよう精進しますよ。
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久しぶりのオーチャードホールの舞台には、前方に幾つかの椅子と平台があり、そしてふだんはピットにいて見えないプッチーニのオーケストラがみっしりと居並び、その後ろに合唱席が用意されていて、これが既に見ものなのです。特に打楽器。弦楽器の編成が大きめなのはピットのサイズからくる制約がないからこそ、でしょうけれど、プッチーニはワーグナーに影響を受けた世代の作曲家なのよねえ、と開演前からしみじみと思うのです。そう、流麗なメロディに心動かされるドラマはもちろん魅力だけれど、それに加えてオーケストレーションの巧みさがね。舞台にオーケストラが乗った状態であればストレートにその響きが客席に届くわけで、プッチーニの技を存分に楽しむのに不足はない。というところまで書いて、ようやくコンサートは始まります!みんなー、着いてきてるかなー?(笑)
念願かなって聴くことができたチョン・ミョンフンの音は、冒頭からしばらくその精度の高さ、音楽の流れの良さに感心しながらもちょっとだけ「あれ?」と感じた部分がありました。冒頭からしばし、音楽自体は淡々と進むんですよこれが。ことさらにゴローを変な人にしないし、アメリカ人二人も落ちついて会話しているようなトーンに収まっていまして。そして肝心の東京フィルの落ちついた音色はこれまで聴いたことのない、クリアなのにどこか影のある感じの独特の感触、通常のオペラ上演ほど多くのリハーサルはできていないだろうにここまで音を変えてしまうのか、オケは変わってしまうのか……などと考えながら聴いていた、その気分が変わるのに時間は要りませんでした。蝶々さんご一行が現れる、その瞬間に舞台が彩りを得たその瞬間の美しさときたら。もう。
そう、男たちはこの瞬間まで植民地相手丸出しのお取引をあたりまえの、つまらないこととして淡々と進めていた、それがいざお相手の登場となった瞬間に文字どおりに色めき立ったのだ。その情景が音だけで美しく示され、その瞬間に聴き手に伝わる。なるほど、これがいまやスカラ座でヴェルディを任せられる指揮者の仕事か!と目が醒めるような思いをいたしましたよええもう強かに。
そう、男たちはこの瞬間まで植民地相手丸出しのお取引をあたりまえの、つまらないこととして淡々と進めていた、それがいざお相手の登場となった瞬間に文字どおりに色めき立ったのだ。その情景が音だけで美しく示され、その瞬間に聴き手に伝わる。なるほど、これがいまやスカラ座でヴェルディを任せられる指揮者の仕事か!と目が醒めるような思いをいたしましたよええもう強かに。
そして登場した蝶々さん、ヴィットリオ・イェオは鮮やかな和装もお似合いで、歌っていなくてもつい見てしまうほどの存在感。それ故に、このセミステージ形式がまるで舞台上演であるのかのように感じられてくるのはこの作品が圧倒的にヒロインにかかる比重の大きい作品だから、ということはもちろんあるのだけれど、それでも彼女の存在感は素晴らしい。
ちょっと先走ることになるけれど、スズキ役の山下牧子も小間使いの和装で蝶々さんとともに活躍するから、二人の場面はもう完全にオペラ上演ですよ。第二幕とかもうどうしろっていうのよ(泣)。そんなわけで、存分に「蝶々夫人」を堪能したことでした。
ちょっと先走ることになるけれど、スズキ役の山下牧子も小間使いの和装で蝶々さんとともに活躍するから、二人の場面はもう完全にオペラ上演ですよ。第二幕とかもうどうしろっていうのよ(泣)。そんなわけで、存分に「蝶々夫人」を堪能したことでした。
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もういい加減長いのだけれど、最後にちょっと余談を。
地方にいた千葉青年はバーンスタインの没後それなりにクラシックの人になりまして(それまではCDをよく聴く方の吹奏楽の、テューバの人でした)。クラシックの雑誌なんかも読むようになれば「東京にどんなオケが来ているか」とか「話題のオケ公演はどんなものか」とか、そういう知識は得られるようになります。
ちなみに年に何回か上京して都度コンサートに行くようになるのは20世紀も終わろうか、という頃のこと。その頃にはまず「マーラーの交響曲が演奏されること」を条件にコンサートを選んでいたから、オペラは選択肢にならず。仙台に来たブルノのオペラが上演した、演出に何の特徴もないいわゆる巡業用のプロダクションで「ドン・ジョヴァンニ」を聴いたのもその頃のことだけれど、それで「東京でオペラ見よう!」とは考えませんでしたねえ…そんな遠くから望見していた時期の事なれば、「リング」を引っ越し公演で上演していようが「炎の天使」のヤバい上演とか、それこそ新国立劇場の開場も遠い話でしかなく。
である以上、当時の常任指揮者、若き大野和士の元でなかなか舞台では上演できない数々のオペラ作品をコンサート形式で演奏した東京フィルハーモニー交響楽団の往年の名企画「オペラ・コンチェルタンテ」も知識として知るのみでした。この日、舞台前方の平台ほかを活かしたちょっとした演技(いや、蝶々さんは完全に演技もされていましたね)、そして照明だけの簡素ながら作品の魅力がよく伝わる演出でプッチーニの音楽をそのままに伝えてくるような演奏を聴いていたら、ちょっとだけ「十数年後に経験できるから酸っぱい葡萄とか思うなよ」とかつての自分に教えてあげたくなりました(笑)。
ではまた、ごきげんよう。
もういい加減長いのだけれど、最後にちょっと余談を。
地方にいた千葉青年はバーンスタインの没後それなりにクラシックの人になりまして(それまではCDをよく聴く方の吹奏楽の、テューバの人でした)。クラシックの雑誌なんかも読むようになれば「東京にどんなオケが来ているか」とか「話題のオケ公演はどんなものか」とか、そういう知識は得られるようになります。
ちなみに年に何回か上京して都度コンサートに行くようになるのは20世紀も終わろうか、という頃のこと。その頃にはまず「マーラーの交響曲が演奏されること」を条件にコンサートを選んでいたから、オペラは選択肢にならず。仙台に来たブルノのオペラが上演した、演出に何の特徴もないいわゆる巡業用のプロダクションで「ドン・ジョヴァンニ」を聴いたのもその頃のことだけれど、それで「東京でオペラ見よう!」とは考えませんでしたねえ…そんな遠くから望見していた時期の事なれば、「リング」を引っ越し公演で上演していようが「炎の天使」のヤバい上演とか、それこそ新国立劇場の開場も遠い話でしかなく。
である以上、当時の常任指揮者、若き大野和士の元でなかなか舞台では上演できない数々のオペラ作品をコンサート形式で演奏した東京フィルハーモニー交響楽団の往年の名企画「オペラ・コンチェルタンテ」も知識として知るのみでした。この日、舞台前方の平台ほかを活かしたちょっとした演技(いや、蝶々さんは完全に演技もされていましたね)、そして照明だけの簡素ながら作品の魅力がよく伝わる演出でプッチーニの音楽をそのままに伝えてくるような演奏を聴いていたら、ちょっとだけ「十数年後に経験できるから酸っぱい葡萄とか思うなよ」とかつての自分に教えてあげたくなりました(笑)。
ではまた、ごきげんよう。
2016年7月27日水曜日
もしかして、ですが~フェスタサマーミューザ オープニングコンサート
こんにちは。千葉です。
なんと言いますか、梅雨が明けないと楽器を吹くタイミングが掴めなくてちょっと困ります(屋外で、川っペリで吹いているから)。いやだいぶ困ります。この前こんな記事を見かけたからなおさら楽器が吹きたいのに、というのは冗談ですけど。練習しないと単純に下手になっちゃってつまらないですからね…
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それはさておき、聴いたコンサートの感想をば。単体で記事化できそうもないものはこうして残しますね、特にも現在第三シーズン絶賛コンプリート中のノット&東響の公演でしたので。
●フェスタ サマーミューザ KAWASAKI 2016 東京交響楽団オープニングコンサート
※リンクはフェスティヴァルのトップに貼ってます。毎日更新される情報があって楽しいのでぜひ御覧くださいませ
2016年7月23日(土) 15:00開演 ミューザ川崎シンフォニーホール
指揮:ジョナサン・ノット
管弦楽:東京交響楽団
ヴィラ=ロボス:ニューヨーク・スカイライン・メロディ(1939)
アイヴズ:ニューイングランドの三つの場所(1929)
ベートーヴェン:交響曲第六番 ヘ長調 Op.68 「田園」
プログラムについては、ノット本人がインタビューで解題してくれていますので、そちらをお読みいただくのがよろしいかと。いつも記事の方でしているような深読みをするのもいいですけど、今回は素直にそのまま、取材も予習もしないでただ演奏を楽しんできました。素晴らしかったです。
とすっとぼけから入りましたが、例によって刺激的な演奏はぼんやり受け身でいてはもったいないものでした、ちょーっとあれこれと書いておきます。もしかすると第三シーズンの中でもひとつのマイルストーンを超えたかも、という演奏会でもありましたし。
*************
「よろこび=歓喜」をテーマにしたとノット自身が語るプログラムは、例によって素朴なものではない。当日会場で配布されたプログラムでは「風景」をキィにこのプログラムを読み解いていたけれど、あえてさらに別の読みを示すならば時代を超えて示される「居場所」だろうか。
ニューヨークの摩天楼の形をそのまま方眼紙に書きとって音符へと変換したというヴィラ=ロボス作品、そして自らの居場所をコラージュで描き出すアイヴス、そして近隣の田舎への小旅行に託して様々な心情を描くベートーヴェン。ある場所に居ることで喚起される感情をそれぞれの手法で描いた作品を集めたプログラム、と読めなくもない。ような。
前半の作品に馴染みのあるお客さまはほとんどいらっしゃらなかったでしょう、千葉も実演は初でした(録音だって、ヴィラ=ロボスは手持ちがないし、アイヴスもそう回数を聴いているわけではない)。でもこの日の演奏が最高に楽しいものだったことは聴いた人誰もが同意してくれるはず。…いや、耳慣れない響きに戸惑われた方も多かったと思います言い過ぎましたごめんなさい(笑)。
千葉はですね、ヴィラ=ロボスは音楽的には捉えきれないままに終わられてしまった感じがあります。三分程度の作品で聴きにくくはないけれど、「どんな感じ」と掴む前に次の曲へ。ここでアタッカにできなかったのはまあ、いいんじゃないでしょうか、お祭りですし。今回は昨年11月ほどコンセプトを周知したわけでもないので。
で、アイヴスの作品ですが、考えてみても実演で聴いた記憶がない。もしかすると「答えのない質問」くらいは聴いているかもしれないのだけれど、強い印象は残っていない。けれど、この日の演奏は違いましたねえ。ミューザの音の、独特の解像度の高さも相まって空間的にも楽しい演奏となったのは好印象でした。東京交響楽団の音程の良さ(気が抜けた音がするようなことがない、位の意味です)もあって、アイヴスの音楽的コラージュの破壊力がそのままに伝わることの楽しさたるや。.第二楽章のマーチの乱入には吹き出しそうになりましたし(我慢しましたよ!ほんとうです!)、第三楽章の高揚には「キューブリックは”2001年”にこれを使うべきだったな」と感じておりました。オルガンをも交えた大編成、弦セクションを分割して創りだされる精緻なカオス、こればっかりは録音で聴いてもつかめないものです。
いやあ、このプログラムがフェスタ一回しかないのがほんとうに惜しい(それもあって、予習もできない状態から無理やり聴きに行きましたよ)。
ですがこういう時はジョースター卿に倣って逆に考えましょう(おい)、「もしかするとまだ予定されていなかった公演が、フェスティヴァルのおかげで実現した、と考えるんだ」と。これはもしかして、本来はもう少し先に予定されていたベートーヴェンへの本格着手の、その第一歩なんじゃないのかな、と。ベートーヴェンの全集が完成した後に、「あれは前奏曲だったのだ」と思い返される公演だったのでは、とコンサートから日が経つにつれて千葉には感じられてきました。
今回演奏された「田園」、よくも悪くも名曲すぎてその前時代的な標題音楽であることの風変わりな性格や、音楽の仕掛けの多さがどこか見逃されがちである、ようにノット&東響の演奏の後では思えてしまう。前の時代の標題音楽に、そして後の時代の「アルプス交響曲」にもつながる内面的ドラマを描く作品であることがわかってしまった後に、普通の泰西名曲としてこの作品が聴けましょうや(反語)。
ただねえ、今回本当に予習も取材もなかったもので、細部についてはいま書くのが難しいんです。先日ブルックナーの記事で書いた「楽譜の読みに支えられた、しかし融通無碍なアプローチを方法論的にまとめるのは難しい」というノットの演奏評価は本心です。演奏を聴いている間、「ああこんな音に」「そんな繋ぎか」「なんというバランス」「この内声!!!」とか随所で驚き、笑い、つい空を見て涙目になったりと実に忙しく楽しく演奏を聴きました。いわゆる「田園」、いわゆる「運命」に負けない新しい音楽だったんですねえ……
*************
音楽監督として、ジョナサン・ノットはオーケストラを信頼する一方で課題を出していくのだ、という話を団の方から伺ったことがあります。その課題を受けて団員各位が考え、試し、そして成果を出してきたから今の東京交響楽団の好調がある。
その経緯を見てきたから、と偉そうに申し上げるのではありませんけれど、先日のブルックナーの名演は到達点ではなく次の段階の入口を開くものだった。そういう評価になりそうな、そんな予感がしています。
おそらくは東京交響楽団は先日のベートーヴェンで新たな課題をノットから渡されて、これからのノット不在の演奏会の数々の中でそれを消化して、10月にはまた一回り踏み込んだ演奏を行ってくれる。その日はもうそう遠くない、というのはこの前の記事に書きましたけれど、きっと聴き手の私たち以上にオーケストラの皆さんがその時間のなさを感じていらっしゃるはず。
しかし、以前「ノット監督の指示は他の演奏でも活きるもので、それを消化すれば間違いなくオーケストラが成長すると確信している」とも団の皆さんが語っていらした、東響の積極性は信じるに足るものです。必ずや一回り深化した「ノット&東響」になって、欧州ツアーを成功させることでございましょう。嗚呼今から10月定期の取材が楽しみです。…その間に何回も伺いますけどね!(笑)
まずは、今度の定期かな…(いま切り口製作中。ポポフの交響曲第一番、割と面白く紹介できそうです←珍しく自画自賛←まだ書いてないくせに)などと考えつつ、本日はここまで。ではまた、ごきげんよう。
なんと言いますか、梅雨が明けないと楽器を吹くタイミングが掴めなくてちょっと困ります(屋外で、川っペリで吹いているから)。いやだいぶ困ります。この前こんな記事を見かけたからなおさら楽器が吹きたいのに、というのは冗談ですけど。練習しないと単純に下手になっちゃってつまらないですからね…
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それはさておき、聴いたコンサートの感想をば。単体で記事化できそうもないものはこうして残しますね、特にも現在第三シーズン絶賛コンプリート中のノット&東響の公演でしたので。
●フェスタ サマーミューザ KAWASAKI 2016 東京交響楽団オープニングコンサート
※リンクはフェスティヴァルのトップに貼ってます。毎日更新される情報があって楽しいのでぜひ御覧くださいませ
2016年7月23日(土) 15:00開演 ミューザ川崎シンフォニーホール
指揮:ジョナサン・ノット
管弦楽:東京交響楽団
ヴィラ=ロボス:ニューヨーク・スカイライン・メロディ(1939)
アイヴズ:ニューイングランドの三つの場所(1929)
ベートーヴェン:交響曲第六番 ヘ長調 Op.68 「田園」
プログラムについては、ノット本人がインタビューで解題してくれていますので、そちらをお読みいただくのがよろしいかと。いつも記事の方でしているような深読みをするのもいいですけど、今回は素直にそのまま、取材も予習もしないでただ演奏を楽しんできました。素晴らしかったです。
とすっとぼけから入りましたが、例によって刺激的な演奏はぼんやり受け身でいてはもったいないものでした、ちょーっとあれこれと書いておきます。もしかすると第三シーズンの中でもひとつのマイルストーンを超えたかも、という演奏会でもありましたし。
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「よろこび=歓喜」をテーマにしたとノット自身が語るプログラムは、例によって素朴なものではない。当日会場で配布されたプログラムでは「風景」をキィにこのプログラムを読み解いていたけれど、あえてさらに別の読みを示すならば時代を超えて示される「居場所」だろうか。
ニューヨークの摩天楼の形をそのまま方眼紙に書きとって音符へと変換したというヴィラ=ロボス作品、そして自らの居場所をコラージュで描き出すアイヴス、そして近隣の田舎への小旅行に託して様々な心情を描くベートーヴェン。ある場所に居ることで喚起される感情をそれぞれの手法で描いた作品を集めたプログラム、と読めなくもない。ような。
前半の作品に馴染みのあるお客さまはほとんどいらっしゃらなかったでしょう、千葉も実演は初でした(録音だって、ヴィラ=ロボスは手持ちがないし、アイヴスもそう回数を聴いているわけではない)。でもこの日の演奏が最高に楽しいものだったことは聴いた人誰もが同意してくれるはず。…いや、耳慣れない響きに戸惑われた方も多かったと思います言い過ぎましたごめんなさい(笑)。
千葉はですね、ヴィラ=ロボスは音楽的には捉えきれないままに終わられてしまった感じがあります。三分程度の作品で聴きにくくはないけれど、「どんな感じ」と掴む前に次の曲へ。ここでアタッカにできなかったのはまあ、いいんじゃないでしょうか、お祭りですし。今回は昨年11月ほどコンセプトを周知したわけでもないので。
で、アイヴスの作品ですが、考えてみても実演で聴いた記憶がない。もしかすると「答えのない質問」くらいは聴いているかもしれないのだけれど、強い印象は残っていない。けれど、この日の演奏は違いましたねえ。ミューザの音の、独特の解像度の高さも相まって空間的にも楽しい演奏となったのは好印象でした。東京交響楽団の音程の良さ(気が抜けた音がするようなことがない、位の意味です)もあって、アイヴスの音楽的コラージュの破壊力がそのままに伝わることの楽しさたるや。.第二楽章のマーチの乱入には吹き出しそうになりましたし(我慢しましたよ!ほんとうです!)、第三楽章の高揚には「キューブリックは”2001年”にこれを使うべきだったな」と感じておりました。オルガンをも交えた大編成、弦セクションを分割して創りだされる精緻なカオス、こればっかりは録音で聴いてもつかめないものです。
いやあ、このプログラムがフェスタ一回しかないのがほんとうに惜しい(それもあって、予習もできない状態から無理やり聴きに行きましたよ)。
ですがこういう時はジョースター卿に倣って逆に考えましょう(おい)、「もしかするとまだ予定されていなかった公演が、フェスティヴァルのおかげで実現した、と考えるんだ」と。これはもしかして、本来はもう少し先に予定されていたベートーヴェンへの本格着手の、その第一歩なんじゃないのかな、と。ベートーヴェンの全集が完成した後に、「あれは前奏曲だったのだ」と思い返される公演だったのでは、とコンサートから日が経つにつれて千葉には感じられてきました。
今回演奏された「田園」、よくも悪くも名曲すぎてその前時代的な標題音楽であることの風変わりな性格や、音楽の仕掛けの多さがどこか見逃されがちである、ようにノット&東響の演奏の後では思えてしまう。前の時代の標題音楽に、そして後の時代の「アルプス交響曲」にもつながる内面的ドラマを描く作品であることがわかってしまった後に、普通の泰西名曲としてこの作品が聴けましょうや(反語)。
ただねえ、今回本当に予習も取材もなかったもので、細部についてはいま書くのが難しいんです。先日ブルックナーの記事で書いた「楽譜の読みに支えられた、しかし融通無碍なアプローチを方法論的にまとめるのは難しい」というノットの演奏評価は本心です。演奏を聴いている間、「ああこんな音に」「そんな繋ぎか」「なんというバランス」「この内声!!!」とか随所で驚き、笑い、つい空を見て涙目になったりと実に忙しく楽しく演奏を聴きました。いわゆる「田園」、いわゆる「運命」に負けない新しい音楽だったんですねえ……
*************
音楽監督として、ジョナサン・ノットはオーケストラを信頼する一方で課題を出していくのだ、という話を団の方から伺ったことがあります。その課題を受けて団員各位が考え、試し、そして成果を出してきたから今の東京交響楽団の好調がある。
その経緯を見てきたから、と偉そうに申し上げるのではありませんけれど、先日のブルックナーの名演は到達点ではなく次の段階の入口を開くものだった。そういう評価になりそうな、そんな予感がしています。
おそらくは東京交響楽団は先日のベートーヴェンで新たな課題をノットから渡されて、これからのノット不在の演奏会の数々の中でそれを消化して、10月にはまた一回り踏み込んだ演奏を行ってくれる。その日はもうそう遠くない、というのはこの前の記事に書きましたけれど、きっと聴き手の私たち以上にオーケストラの皆さんがその時間のなさを感じていらっしゃるはず。
しかし、以前「ノット監督の指示は他の演奏でも活きるもので、それを消化すれば間違いなくオーケストラが成長すると確信している」とも団の皆さんが語っていらした、東響の積極性は信じるに足るものです。必ずや一回り深化した「ノット&東響」になって、欧州ツアーを成功させることでございましょう。嗚呼今から10月定期の取材が楽しみです。…その間に何回も伺いますけどね!(笑)
まずは、今度の定期かな…(いま切り口製作中。ポポフの交響曲第一番、割と面白く紹介できそうです←珍しく自画自賛←まだ書いてないくせに)などと考えつつ、本日はここまで。ではまた、ごきげんよう。
2016年7月23日土曜日
書きました:ノット&東京交響楽団、上り調子のまま「世界」へ
こんにちは。千葉です。
これも書いた記事の紹介なのです、が。
●ノット&東京交響楽団、上り調子のまま「世界」へ
先日の定期演奏会、ブルックナーの交響曲第八番プログラムの話、そして10月定期の話をしています。もう一週間前のことなんですね、まだ頭のなかではブルックナーの断片がぐるぐる回っているのに。
ブルックナーの公演以外もオススメだというのはこれまでもご案内のとおり、ですが10月定期は直前まで迷っていると完売しちゃうよ?という気持ちを込めて書きました(割と本気)。ちなみにショスタコーヴィチの交響曲第一〇番、ロジェストヴェンスキー&読響と時期的に近いんですよね。完売しそうだからまとめた記事は難しいかな…ま、なにか書くでしょう。
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さて、記事をお読みになったあとに「あの件に触れないの?チキンなの?バカなの?」と思われる方もいらっしゃるでしょう。もしかすると「千葉ほんとは聴いてねえんじゃねえの?話作ってんじゃねえよ」くらいまで思われるのかな。
別にどう思われてもいいんですけど、千葉はちゃんと土曜の公演を聴いていますし(四楽章からのサウンドの変化、リハーサルとは別物でした。他にも公演でないとわからなかったことは挙げられますけど、まあ半分冗談なので一個でいいでしょう)、あの件に対してもそれなりの悪意はあります。千葉がその昔戯れにシリーズのつもりで書いて一回で終わってしまった(おい)ブログ記事を確認してみたけれど、やっぱりああいう行為に対して好意的ではないですね。
「マイクが立っているとスイッチが入るタイプの何かなのだろう」とは思うし、「俺が名演だと最初に見做してやろうありがたく思うが良い」的なマウンティングでもあるのかな、とも感じる。そして何より、公演当日には「あちゃーせめていい声が出なかったものかね」と思いましたわ、ええ。声楽家並みの美声でやられていたら、もしかするともう少し怒りも小さかったかも、ですよ。冗談抜きで。あんなへなちょこな声が出てしまったことを、せめてトラウマに感じてくれるといいですねあの男性。
でも、ですね(デズデモーナっぽい文字列)。あの演奏があの程度のことで「台なしになった」まで言われている方が多いことが、千葉には解せない。「うわ」「あちゃー」「なんだこいつ」、他ほかいろいろと思いましたけど、それであの演奏が消えますか?まさか。
少なくとも「あの演奏会について」千葉が何かを書き残すとき、あれは本筋ではなく、脇筋にすらなくてもいいエピソードです。だから、記事では触れませんでした。異論は認めますが、それが千葉の選択でした、ということで。
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良いマナーというものがそもそも、あってほしいものではあるけれど絶対に期待できるものではない、という諦めが根本的にあるのかもしれません、千葉の場合。今までで一番失望したのは、前に何処かで書きましたけど「マーラーの第九番終楽章の最後二ページ、ピアニッシモの連続の真っ最中にアラームと思われるエレクトリカル・パレード音楽が近所の携帯から」というものでした。その時の失望たるや、と言いたくもあるけれどその時は演奏がむにゃむにゃ。これは余談。
まとめますと、ですね。あれの話は表ですることだとは思っていない、または演奏会とは別に記事として書くのでなければ演奏に対して失礼に当たるのでは?という判断で、記事では書きませんでした、というお話でした。あの人だって、聴いている時には音楽を聴いていたんだと思いますよ。もちろん最期の瞬間にああ振る舞うことに同意なんてしませんけどね。
ということで、記事には書かなかった部分の話がメインになるご案内でした。まあ、正しくB面の仕事と言えなくもないですね、あはははは。
そんなわけで、まずは今日のフェスタサマーミューザKAWASAKI、そして10月のコンサートで、音楽の話をしましょうね、ってことで。ではまた。
これも書いた記事の紹介なのです、が。
●ノット&東京交響楽団、上り調子のまま「世界」へ
先日の定期演奏会、ブルックナーの交響曲第八番プログラムの話、そして10月定期の話をしています。もう一週間前のことなんですね、まだ頭のなかではブルックナーの断片がぐるぐる回っているのに。
ブルックナーの公演以外もオススメだというのはこれまでもご案内のとおり、ですが10月定期は直前まで迷っていると完売しちゃうよ?という気持ちを込めて書きました(割と本気)。ちなみにショスタコーヴィチの交響曲第一〇番、ロジェストヴェンスキー&読響と時期的に近いんですよね。完売しそうだからまとめた記事は難しいかな…ま、なにか書くでしょう。
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さて、記事をお読みになったあとに「あの件に触れないの?チキンなの?バカなの?」と思われる方もいらっしゃるでしょう。もしかすると「千葉ほんとは聴いてねえんじゃねえの?話作ってんじゃねえよ」くらいまで思われるのかな。
別にどう思われてもいいんですけど、千葉はちゃんと土曜の公演を聴いていますし(四楽章からのサウンドの変化、リハーサルとは別物でした。他にも公演でないとわからなかったことは挙げられますけど、まあ半分冗談なので一個でいいでしょう)、あの件に対してもそれなりの悪意はあります。千葉がその昔戯れにシリーズのつもりで書いて一回で終わってしまった(おい)ブログ記事を確認してみたけれど、やっぱりああいう行為に対して好意的ではないですね。
「マイクが立っているとスイッチが入るタイプの何かなのだろう」とは思うし、「俺が名演だと最初に見做してやろうありがたく思うが良い」的なマウンティングでもあるのかな、とも感じる。そして何より、公演当日には「あちゃーせめていい声が出なかったものかね」と思いましたわ、ええ。声楽家並みの美声でやられていたら、もしかするともう少し怒りも小さかったかも、ですよ。冗談抜きで。あんなへなちょこな声が出てしまったことを、せめてトラウマに感じてくれるといいですねあの男性。
でも、ですね(デズデモーナっぽい文字列)。あの演奏があの程度のことで「台なしになった」まで言われている方が多いことが、千葉には解せない。「うわ」「あちゃー」「なんだこいつ」、他ほかいろいろと思いましたけど、それであの演奏が消えますか?まさか。
少なくとも「あの演奏会について」千葉が何かを書き残すとき、あれは本筋ではなく、脇筋にすらなくてもいいエピソードです。だから、記事では触れませんでした。異論は認めますが、それが千葉の選択でした、ということで。
*************
良いマナーというものがそもそも、あってほしいものではあるけれど絶対に期待できるものではない、という諦めが根本的にあるのかもしれません、千葉の場合。今までで一番失望したのは、前に何処かで書きましたけど「マーラーの第九番終楽章の最後二ページ、ピアニッシモの連続の真っ最中にアラームと思われるエレクトリカル・パレード音楽が近所の携帯から」というものでした。その時の失望たるや、と言いたくもあるけれどその時は演奏がむにゃむにゃ。これは余談。
まとめますと、ですね。あれの話は表ですることだとは思っていない、または演奏会とは別に記事として書くのでなければ演奏に対して失礼に当たるのでは?という判断で、記事では書きませんでした、というお話でした。あの人だって、聴いている時には音楽を聴いていたんだと思いますよ。もちろん最期の瞬間にああ振る舞うことに同意なんてしませんけどね。
ということで、記事には書かなかった部分の話がメインになるご案内でした。まあ、正しくB面の仕事と言えなくもないですね、あはははは。
そんなわけで、まずは今日のフェスタサマーミューザKAWASAKI、そして10月のコンサートで、音楽の話をしましょうね、ってことで。ではまた。
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