2019年10月5日土曜日

三人三様、充実の極み ~東京フィルハーモニー交響楽団 2020シーズンプログラム

来年からシーズンを1月に開幕するものとする東京フィルハーモニー交響楽団の、主催公演プログラムが発表された。
すでに発表されていた1〜3月も首席指揮者のアンドレア・バッティストーニ、名誉音楽監督のチョン・ミョンフン、特別客演指揮者のミハイル・プレトニョフの三人の公演だったが、定期公演の全貌が見えてみればなんと驚くべし、年間8回の定期のうち、7回の定期をこの三人が指揮する。これだけで音楽的クオリティの高さは保証されたようなものだし、三人がそれぞれに明確に個性を示してくれることは確実なのだからプログラムの多彩さもお墨付き、東京フィルハーモニー交響楽団の2020シーズンも充実したコンサートが存分に楽しめることが約束されました。会員の皆様にはおめでとうございます。

…なんて気の早い振る舞いはさておいて、三人それぞれに趣向を凝らしてくれたプログラムを紹介しよう。登場順の紹介ということで、まずは首席指揮者のアンドレア・バッティストーニから。彼が1月に登場して幻想交響曲を演奏することはすでに予告されていたけれど、考えてみるとこれほど彼のような「語り上手」のための作品も他にはないかもしれない。作曲もするマエストロであればこそ、この独特な作品により深く踏み込める面もあるだろう。そしてもう一曲は、彼がイタリア音楽に負けず愛しているロシア音楽からラフマニノフの第三協奏曲を取り上げる。近年活躍が際立つ阪田知樹をソリストに迎えて演奏されるこの難曲は、これまでのバッティストーニと東京フィルのラフマニノフ演奏を踏まえれば期待しかないところだ。
そしてもう一つ、今回発表された公演はさらに注目を集めることだろう。近年彼がその知られざる作品の魅力に光を当てているザンドナーイの代表作、オペラ「フランチェスカ・ダ・リミニ」を演奏会形式上演で取り上げる、というのだから(9月)。東京フィルの主催公演に限定しない形で見ていくと、これまでデビューとなった「ナブッコ」から近日上演の「蝶々夫人」まで、多くの作品を日本で演奏してきたバッティストーニ。彼は以前、オペラの取り上げ方について「有名な作品と知られざる作品を交互に取り上げたい」と以前話していた。今年「蝶々夫人」を取り上げる翌年は知られざる作品の年、そこで彼が”再発見”に力を入れるザンドナーイの代表作を披露してくれるわけだ。「ロメオとジュリエット」、「白雪姫」でもザンドナーイ独自の世界を示してくれたバッティストーニ、入魂の演奏が期待できよう。

オーケストラを支える三人が、三人ともオペラでもシンフォニーでも活躍しているのは東京フィルの強みだけれど(そしてもちろん、その両方で活躍できるのは東京フィルもなのである)、中でも最多回数登場予定のチョン・ミョンフンの活躍は心強い。なにせ、すでに発表済みだった「カルメン」(2月)のほか、オール・ベートーヴェン・プログラム(7月)、そしてマーラーの交響曲第三番(10月)と力の入ったプログラムが並ぶのだから。年間三度の最多登場回数であることに加えて、説明がいらぬほどの名曲、それも彼の得意曲が並ぶこれだけの内容的充実を考えれば、来年の東京フィルの主役はチョン・ミョンフンなのかもしれない。そんなふうに思って見直すと、今年の第九をチョン・ミョンフンが指揮することも意味深に思えてくる。

そして特別客演指揮者のプレトニョフはスメタナの交響詩「わが祖国」(3月)、シチェドリンとチャイコフスキー(6月)と見事に我が道を行く格好だが、このプログラムでさえ(彼にしては…)と言えなくもない安心感もある。だがしかし、名曲コンサートなどでよく演奏される「モルダウ(ヴルタヴァ)」しか知らないのではあまりに惜しい「わが祖国」、妻マイヤ・プリセツカヤのために編曲された「カルメン」組曲、交響曲にも劣らない充実ぶりが知られていないチャイコフスキーの組曲と、知られざる名曲の魅力を教えてくれるのは変わらない彼のプログラミングだ。

全八回のうち七回の定期公演がオーケストラにポストを持つマエストロたちの公演が居並ぶ充実したプログラムで送る新シーズンには、これまでと違い三つの会場ですべて同じプログラムが披露されるので、日によって会場によって聴き比べる楽しみも生まれるだろう。オペラでもシンフォニーでもその楽しみは格別なので、ぜひ検討してみてほしい。きっとフランチャイズとして多くの公演を開催しているBunkamuraオーチャードホールを、東京フィルが見事に鳴らす様に驚かれることだろう。

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首席指揮者が自らのアイディアを全力でぶつけ、脂の乗り切ったマエストロが惜しげなくその奥義を示し、それにオーケストラが全力で応えることが約束された”三本柱”でここまで固められた2020シーズンの予定を見せられると、現在のシーズンに機会を掴めたチョン・ミン、ケンショウ・ワタナベは幸運だった、と思えてくる。若幅広い作品に対応してくれる東京フィルの定期で自らのアイディアを試せる機会があったことを、その経験が彼に教えることの意味を、いつか彼らは捉え直すことだろう。

さて、この貴重な最後のひと枠を獲得した客演指揮者は佐渡裕(4月)、師匠バーンスタインの作品のみのプログラムだ。バーンスタイン生誕100年を超えて、きっと20世紀の名曲として扱われていくのだろう作品群を、現在ウィーンで活躍する佐渡裕がどう示してくれるか、期待しよう。

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