2019年10月4日金曜日

ケーススタディ、のようなもの:「クローズアップ現代+」の話

情報すべてを知りうる立場に立ちうる、と思ってしまうのが現代の怖いところで。何かのニュースを見て、自分で手持ちの知識や情報と照らして作り上げたストーリィが真である、と信憑することはとても容易い。フォローする/される関係で作られるSNSでの情報に多く触れていれば尚さらだ、基本的に自分が選んだ情報だけが入ってくるように作られたソースでしかない、そんな制約は思い出さないのが日常なのだから。
ただし。そういう場所を”戦場”に変えたがっている人は少なくない。選挙戦くらいならまだかわいいもんだ、その目的もなさんとすることもわかっているのだから。それが歴史…まあいいや、前提はこのくらい。

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こんな前振りをしてからでもないと、ニュースの検証というのもしにくいのである。自分が出向いて取材をする話ではないから(それができる、とは申し上げません)、いわゆる”大使館”方式、公開された情報を積み上げるのが、市井の個人としては手堅いやり方になるだろう。

●NHK報道巡り異例「注意」 経営委、郵政抗議受け かんぽ不正、続編延期
スクープに敬意を表して毎日新聞にリンクしてあります。こういうときに有料記事なのは痛いのですけれど。

記事をきちんと読んでいただいてもいいし(有料ですが)、ニュースを追われている方はとっくにご理解されているものと思うけれど、この件を整理するとこうなる。

「クローズアップ現代+」2018年4月24日に「郵便局が保険を“押し売り”!? ~郵便局員たちの告白~」という回を放送する
→8月放送を目指して続編制作のため、情報提供を求める動画を7月に掲載
→日本郵政から7/11にNHK会長あてに「犯罪的営業を組織ぐるみでやっている印象を与える」として削除を申し入れ
「クローズアップ現代+」、日本郵政からの協力が得られないことから続編制作を延期、動画を削除。日本郵政には「番組制作と経営は分離し、会長は番組制作に関与しない」と説明、しかし郵政側はこの発言を「ガバナンスに問題」として問題視
→10月、日本郵政はNHK経営委員会に接触、日本郵政の意を汲んで会長に厳重注意、文書を送付
→11月、NHK会長、事実上の謝罪文を日本郵政に提出

つまり、番組の内容を「犯罪的営業を組織ぐるみでやっている印象を与える」と感じた日本郵政が、番組宛てではなく会長にまず抗議したことから始まっている。この時点ですでにやり方がおかしいのだけれど、それを番組は正当に拒否している(しかし続編の制作は延期された)。この時点で日本郵政が事実関係をきちんと確認して内情を精査、あり方を正していればよかったのに、会長からの”謝罪”を引き出すことに注力して経営委員会というNHKの中でも局の外側にある集団に接触して会長に圧力をかけた、というのが今回報じられた件だ。

これについて「圧力によって番組が、報道が捻じ曲げられた、公共放送なにやってんだ」という話を多く見かけているのだが、こう整理すると批判の順番がおかしく感じられる。
まずは今は広く問題として理解されているかんぽ生命の問題があり、それを報じた番組を(内容の否定によってではない形で)撤回させようとした運営の日本郵政の問題がある。もし昨年4月の「クローズアップ現代+」が事実でない内容だったのであれば、そこできちんと否定すればよかった話だった、しかしそうではなく経営側に”働きかける”(今でも圧力だとは思っていないそうだ、日本郵政)ことで謝罪のようなものを勝ち取った。それが今回、日本郵政が勝ち取った唯一の勝点だ。
しかしそんなもので事実関係が覆るわけもなく、今年の6月以降はかんぽ生命の強引な”不適切”契約が広く報じられ、問題視されるに至って事態は現在も進行中だ。そして被害者が増えたことを思えば遅れ馳せにはなってしまったが、番組はこの件をきちんと追い続けていた。

→「クローズアップ現代+」、「検証1年 郵便局・保険の不適切販売」として今年の7月31日に”続編”を放送

取材不十分で取り上げられるテーマではない、という認識があったからこそ昨年の続編放送は見送られたのだろう、この「検証1年」の内容を見るとそう理解できる。このページでは番組内容に加えて関連記事などもきちんと公開しているので、もし昨年4月の番組の時点で「クローズアップ現代+」に問題があったと思われる方はご一読して判断してほしい。いくら面倒に思われても、その面倒くさい手順を踏まないで行われる番組に対するすべての批判は、まったくの無意味なので。

と、経緯を見てきたところで私なりの現時点での認識を。
この件で、「経営委員会さえ味方につけられればNHKの報道を捻じ曲げられる」ような話はもちろん大問題だ。だからまず批判されるべきは自らの信頼を悪用して異常な契約を結ばせていた、そしてそれを糊塗せんと経営委員会に接触した日本郵政、次にはそれに同調したNHKの経営委員会の無思慮が批判を受けるべきだろう(毎日新聞の報道を受けて発表されたコメントは、如何にも問題を理解していない者の言だ)。
こう理解した上で番組を批判するならば、「続編が遅かったばかりに、悪質な契約を結ばせられた被害者が増えてしまった」くらいしか思いつかない。その無力感は番組制作者が一番認識しているだろうに、と思う私にとっては、こんなことを書くのは気が重いところなのだけれど。


この会見、YouTubeには全体もありました。さすがにそこまでは…

最後にひとつ、あまり言及されていないように思うので私からひとつ指摘を。日本郵政とNHKは、ラジオ体操をつうじて長年の協力関係があります。だからこそ、日本郵政は番組を黙らせたかったのでしょう、まるで”スポンサー”であるかのように。

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「いじめられる側にも問題が」「騙される奴が悪い」「扇情的な服でも着てたんでしょ」などなど、なにか事あれば捻ったつもりで本筋を捉えそこねたご高説を見かけてはげんなりする昨今、私からはひとつだけお願いしてこの記事を終わろうと思う。続報は各自追ってくださいませな。

この記事で書きたかったことは、実はひとつだけ。
お願いだから、順番を間違えないでほしい、問題を捉え損ねないでほしい。頼むからいじめとかする奴を正当化しないで、詐欺的行為をうっかり認めてしまわないで、性的犯罪をした側に立って被害者を責めないで。
これが普通になってくれればいい、そう希望しなければならないことが、実は一番残念な私だ。

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