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2019年8月10日土曜日

かってに予告篇 〜フェスタサマーミューザKAWASAKI2019 Day14

フェスタサマーミューザKAWASAKI2019も最後の週末を迎え、この土曜は盛りだくさんの日となります。ミューザ川崎シンフォニーホールで2公演、新百合ヶ丘のテアトロ・ジーリオ・ショウワで1公演が開催されるので、さすがに3公演のハシゴは無理だけれど2公演までなら、移動込みでもなんとか間に合うはず※。三連休の方も多いかと思いますので、ガンガン移動して楽しんでくださいませ(もちろん熱中症にはお気をつけください)。

※ハシゴ不可能なのは時間的に先に行われる2公演。移動時間ゼロなら…いやそれでも無理かな。
ですので、「こどもフェスタで一日をはじめてミューザ周辺に滞在して優待チラシを活用しちゃう」のがいいか、「@しんゆりでベートーヴェン三昧からの小田急→南武線移動でオルガンを聴く音楽漬け」か、お好みでコースを選ぶのがよろしいかと。

●こどもフェスタ2019 かわさきジュニアオーケストラ発表会

2019年8月10日(土) 13:30開演
会場:ミューザ川崎シンフォニーホール

指揮:江上孝則
ヴァイオリン:秋田愛絵(ジュニアオケ選抜メンバー)
フルート:牧野楓子(ジュニアオケ選抜メンバー)
管弦楽:かわさきジュニアオーケストラ
司会:山田美也子

ロッシーニ:歌劇「セビリアの理髪師」から 序曲
ベートーヴェン:ロマンス第二番
J.S. バッハ:管弦楽組曲第二番から ポロネーズ/メヌエット/バディネリ
ベートーヴェン:交響曲第五番 ハ短調 Op.67「運命」から 第一楽章
ヨハン・シュトラウスII:トリッチ・トラッチ・ポルカ
ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ・フランセーズ「鍛冶屋のポルカ」
ヨハン・シュトラウスII:
  「クラップフェンの森で」
  ポルカ・シュネル「狩り」
  ワルツ「美しく青きドナウ」から

「音楽のまち かわさき」の未来そのものに会えるコンサートです。今日はミューザではプロのオケが聴けないからなあ…なんて言わせない、と思います。初めて聴くので、期待を込めてそう申し上げます。

●出張サマーミューザ@しんゆり! 神奈川フィルハーモニー管弦楽団

2019年8月10日(土) 15:00開演
会場:昭和音楽大学テアトロ・ジーリオ・ショウワ

指揮:垣内悠希
ヴァイオリン:成田達輝
ピアノ:菊池洋子
管弦楽:神奈川フィルハーモニー管弦楽団

ベートーヴェン:
  歌劇「フィデリオ」から 序曲 Op.72
  ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 Op.61
  ピアノ協奏曲第五番 変ホ長調 Op.73 「皇帝」

先週のドイツ音楽三昧にそのまま続けるように、「出張サマーミューザ@しんゆり!」はベートーヴェン三昧です。若き音楽家たちの入魂の演奏にご期待ください。
なお、テアトロ・ジーリオ・ショウワまでの道は、駅からそう遠くはないのですけれど、ずーっと陽に当たり続けることになりますので(先週経験済み)、ご来場の際には日差し対策をされることをオススメいたします。健康大事。

●真夏のバッハIV ルドルフ・ルッツ パイプオルガン・リサイタル

2019年8月10日(土) 19:00開演
会場:ミューザ川崎シンフォニーホール

<オール・バッハ・プログラム>
前奏曲とフーガ イ長調 BWV536
「おお、汚れなき神の子羊」 BWV656
コラール「装いせよ、おお愛する魂よ」前奏(即興)― コラール前奏曲(BWV654)― 後奏(即興)
パッサカリア ハ短調 BWV582
前奏曲とフーガ 変ホ長調 BWV552
コラール変奏曲「目覚めよと呼ぶ声がきこえ」 定旋律をソプラノに(即興)― 定旋律をテノールに(BWV645)― 定旋律をバスに(即興)
ルドルフ・ルッツ:佐山雅弘氏に捧げる《虹の彼方に》― J.S. バッハのスタイルによる

休館中に行われたオルガンの整音作業の成果を、きっとこれでもかと示してくれるだろうバッハ作品によるプログラムを、ルドルフ・ルッツが披露してくれる。なんというか、付け加えることがないのではないか。いや無責任な言い方に思われるかもしれないのだけれど、ザンクト・ガレンのJ.S.バッハ財団の音楽的リーダーとして活躍するオルガニスト、即興演奏の泰斗である彼がまた輝きを増した感のあるミューザ川崎シンフォニーホールのオルガンをどう鳴らしてくれるものか、期待しかないではないか。また、即興の名手同士共演を重ねた佐山雅弘追悼の、バッハのスタイルを模した自作も演奏される。ルッツにしか取り上げられず、今年のミューザでしか経験できない意味のあるプログラムを、ぜひ。

※追記。これはちょっと、どこまでもミューザだから起こり得た素敵なサプライズ、いやもはやミラクル。一連のツイートをぜひご一読ください。

2019年8月2日金曜日

かってに予告篇 〜フェスタサマーミューザKAWASAKI2019 Day7

●PMFオーケストラ

2019年8月2日(金) 19:00開演

指揮:ワレリー・ゲルギエフ
フルート:マトヴェィ・デョーミン
管弦楽:PMFオーケストラ

ドビュッシー:牧神の午後への前奏曲
イベール:フルート協奏曲
ショスタコーヴィチ:交響曲第四番 ハ短調 Op.43

1990年、バーンスタインが創設したあの時から歩み続けて現在まで開催を重ねて今年が30回目だったPMF(パシフィック・ミュージック・フェスティヴァル)。数多くのプロとして活躍する音楽家たちが「未来の同僚」を育てるアウトリーチ型の音楽祭も今ではすっかりおなじみになった。教育の成果として披露されるコンサートもより高度化し、今年はついにマーラーの交響曲第八番を演奏するほどになったという。札幌までうかがえない自分の足りなさ(いろいろと)が悔やまれるばかりである。



そのフェスティヴァルの集大成としてのオーケストラコンサート、その最終公演が今年はフェスタサマーミューザで行われる。指揮は2015年から芸術監督を務めるワレリー・ゲルギエフ、独奏は先日行われたばかりの第16回チャイコフスキー国際音楽コンクールで新設された木管部門最初の優勝者、マトヴェィ・デョーミンだ。
デョーミンのキャリアを見れば、グスタフ・マーラー・ユーゲント管弦楽団やシュレスヴィヒ・ホルシュタイン音楽祭管でも活躍したというから、ある意味PMFで学んだ若き音楽家たちの少し”先輩”に当たるのだろう。オーケストラはチューリヒ・トーンハレ管で副首席として活躍している彼に刺激されて、デョーミンはそんな後輩たちの視線に刺激されて、今しかできない演奏を聴かせてくれるのではないだろうか。



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若者たちの音楽は、一回ごとの演奏経験で大きく変わっていくだろう。それだけ若者たちがこのイヴェントで見せる成長は大きい、ということを、それこそ最初のPMFのドキュメンタリで教えられたことを、私は一度も忘れたことがない。
そんな彼ら彼女らを導くゲルギエフはショスタコーヴィチの全集録音済みマエストロなのだから、第四番だからと構えて臨むこともない、かもしれない。いや、今回の場合はまだプロフェッショナルになる手前の若手との演奏だから、果たしてどのように仕上がるものかは聴いてみるまでわからない、かもしれない。

そんなわけで、今回のサマーミューザの舞台は札幌や東京での評判すら予想の材料にはならない。なにせ今年のPMFの最後を飾る、そして札幌と川崎のお祭りがクロスオーヴァーする一夜の舞台なのだ、そこでどれだけの演奏が繰り広げられるものか、いくら期待したっていいだろう。若者たちとの大舞台、ぜひ見届けようではないか。

※なお、この日演奏されるショスタコーヴィチの交響曲第四番については、つい最近いろいろと書いたばかりなので興味がある方はリンク先をご覧ください。

2019年7月31日水曜日

かってに予告篇 〜フェスタサマーミューザKAWASAKI2019 Day6

●洗足学園音楽大学

2019年8月1日(木) 18:30開演

指揮:秋山和慶(洗足学園音楽大学 芸術監督)
バレエ:牧阿佐美バレヱ団 谷桃子バレエ団 東京シティ・バレエ団 洗足学園音楽大学バレエコース学生
管弦楽:洗足学園ニューフィルハーモニック管弦楽団

プロコフィエフ:バレエ音楽「ロメオとジュリエット」 組曲から (牧阿佐美バレヱ団クラス+牧阿佐美バレヱ団)
プロコフィエフ:バレエ音楽「シンデレラ」組曲から (谷桃子バレエ団クラス+谷桃子バレエ団)
ハチャトゥリアン:「仮面舞踏会」組曲から (グローバルクラス+東京シティ・バレエ団)
ハチャトゥリアン:バレエ音楽「ガイーヌ」 組曲から (グローバルクラス+東京シティ・バレエ団)

川崎市には、毎年多くの才能を輩出する音楽大学が二つもある。ひとつが新百合ヶ丘(麻生区)にキャンパスを持つ昭和音楽大学、そしてもうひとつがこの日登場する、溝の口(高津区)にキャンパスを持つ洗足学園音楽大学である。フェスタサマーミューザKAWASAKIは川崎市の夏祭り、そしてこどもフェスタなどアウトリーチ企画も用意されたイヴェントなので、彼ら彼女らが登場するのは当然なのである。

洗足学園音楽大学の特徴は、その幅広いコースだろう。単に音楽家のみを養成するところではなく、「創造性と人間性豊かな人材を育成します。」と幅広い視点からの人材育成ができるところが強みなのだろう。舞台全般のコースがあることももちろんその幅広さを示すものだが、ただ「音楽」と言っても「声優アニメソング」コースまであるのだから、洗足学園音楽大学、ただものではない。

それはさておいて、サマーミューザの話だ。洗足学園音楽大学には舞台芸術のひとつとしてバレエコースがあり、その学生たちとオーケストラ、そしてプロとして活躍している”先輩”たちの共演は、今やフェスタサマーミューザの”定番”となっている。その舞台を毎年楽しみにしているファンも多く、今年もプロコフィエフとハチャトゥリアンの名作を披露してくれる。
…とはいえ、いつものミューザの明るい舞台がどのようにバレエのステージに変貌するものか、言葉だけではなんとも伝えにくい。だが幸いなことに、洗足学園音楽大学はYouTubeのチャンネルでその演奏活動を配信してくれており、その中には2017年にフェスタサマーミューザKAWASAKIに登場した際の「だったん人の踊り」もあった。ありがたいことである。
まずはこの、普段はミューザの明るいステージがバレエの神秘的な舞台に変貌した様をご覧いただいて、今からでも日程が合えばぜひ、会場で体験してみてほしい。



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せっかくなので、フェスタサマーミューザとは関係ありませんが洗足学園ニューフィルハーモニック管弦楽団の演奏もお聴きいただきましょう。数年前のものではありますが、あまり演奏されないレイフ・ヴォーン・ウィリアムズのテューバ協奏曲を、次田心平のソロで。


この他にも高名な指揮者、独奏者など共演者にも恵まれた学生さんたちの演奏活動の数々は公式チャンネルで確認できます。

2017年3月26日日曜日

聴きました:第6回 音楽大学フェスティバル・オーケストラ演奏会(川崎)

こんにちは。千葉です。
伺ってきた演奏会のレポート、スピード優先でこちらに書くことにします。

●第6回 音楽大学フェスティバル・オーケストラ演奏会(川崎)

2017年3月25日(土) 15:00開演

指揮:高関健
管弦楽:音楽大学フェスティバル・オーケストラ(首都圏9音楽大学+九州2音楽大学選抜オーケストラ)
【参加音楽大学】上野学園大学、国立音楽大学、昭和音楽大学、洗足学園音楽大学、東京音楽大学、東京藝術大学、東邦音楽大学、桐朋学園大学、武蔵野音楽大学平成音楽大学(熊本)、大分県立芸術文化短期大学(大分)

ドビュッシー:交響詩「海」
マーラー:交響曲第六番 イ短調

さてこの日の演奏会、開演前に高関健さんによるプレトークが行われました。さて何をお話くださるかと着席して待つ間にプログラムを拝見すれば、前島良雄さんの解説が素晴らしいんですよ。A4版見開き2ページのうち、1ページ強をマーラーに割く配分はもしかすると賛否が分かれるかもしれませんが、”定説”に問題が多いマーラーの第六番である以上、仕方のないことなんです。ドビュッシーとマーラーの関係についても言及された良い解説に感心しているうち、時間が来て高関さん登場、トークが始まります。
が、高関先生曰く「話そうと考えていたことがプログラムに載っておりまして(笑)」とのことでしたが、指揮者マーラーの活動、ドビュッシーとの関係(アルマの話に触れてくれたのは個人的にヒットでした)、今回使用する楽譜について(スコアとパート譜の関係はなかなか興味深いものでした)、などなど存分に語ってくださいました。その熱弁が”若者たちが冷えた舞台に出なくていいように”という配慮だったようにも思われて、なんとも嬉しくなるプレトークでありました。

続いて登場する若き音楽家を目指す学生たち、18型の大編成は広いミューザのステージでもいっぱいいっぱいです。

<参考>

管楽器のスペースにこそ空間があるものの、舞台前方っをギリギリまで使ってやっと収まっているミューザの舞台は新鮮。より多くの学生に機会を、という配慮もあるのでしょうけれど、チェロを四パートに分ける場所もある「海」で大きめの編成は理のあることなのです。
はじめのうちはさすがに硬さも感じられたオーケストラも、明晰この上ない高関さんの指揮に落ちついたか、有名な「11時15分」ころにはよく鳴るし流れも落ちつきました。一度トゥッティで音を出せると雰囲気がつかめる、という面はあったかもしれません。ドビュッシーのスコア、”アシストなしでダンサーにトリッキィなポーズを要求する”振付のようなところがありますからね…(その昔趣味の吹奏楽で地獄を見た記憶がフラッシュバック)。そうそう、チェロパートのソリはお見事でした。
しかしよりトリッキィでソリスティックな第2楽章からは安定した音楽になり、各人のソロも綺麗に決まります。終楽章は冒頭から登場する特徴的なバスの音形も攻めた表現になって、フィナーレは大人数のオーケストラが率直に力を解放して華やかに終わります。

後半は長大なマーラー。さらに管楽器が充実し大量の打楽器が用いられる作品でステージはほんとうに埋まります。

<参考>



本当に、お疲れ様でした、とまず申し上げたい熱演でした。第一楽章が終わったところでコンサートマスターを始め、何人もの奏者が汗を拭っていた姿は印象的でした。それほどの集中を要求する、高関さんがプレトークの中で「自分が学生だった頃には演奏できなかっただろう」と評した堂々80分強の難曲を、小傷はあったとしてもやってのけた皆さんに拍手です。
上手舞台裏にカウベル、下手舞台裏に鐘を配して俗・聖の対比を空間的に示したこの演奏は、通称の「悲劇的」とは関係なく「一つの悲劇のドラマ」として成立していたと思います。ハンマーが下手側で振り降ろされるのは、その意味合いを強めるためでしょう。叩きのめされるのは俗の側であって、憧れられた超越の向こう側ではない、のですね。
演奏については第一楽章提示部のリピート部分、そして四楽章の前半がこの演奏の中でもいいところだったかと思います。

…この演奏がこの一週間のリハーサルの成果で、ベストの演奏ができたのだろう、と感じた上で少しだけ、数はそれなりに聴いてきたおじさんくさいことも書いておきます。
おそらく、演奏後に先生方が若い皆さんに指導されたのはとても基本的なことだったのではないかと推察します。それはなにも「直前に大きく変えるような指示はしない」ということではなく、「基本的なところで聴かせることができると、それだけ演奏効果も高くなる」という基本を外さないように、ということではないかな、と。
もっとお互いを聴けでも待つな、音の立ち上がりに注意して、音程に注意して……などなど、すっごく普通のことの積み重ねこそが、皆さんの演奏をさらにいいものとして聴き手に届けるためのひとつのポイントです。そしてその基本は踏まえた上で、二日目の演奏も、今回の演奏会以降も臆せず積極的な、聴き手に届く演奏をしていただければと思います。会場が変わって、短い時間でお互いの音を聴くことから二日目の演奏を作り上げる中で、きっとまた多くのことを学ばれるのでしょう。各位の健闘に期待します。
…こういうことを申し上げれば「そこなアマチュア風情が」という気持ちも湧くことだろうとは思いますけれど、「皆さんが演奏を人前でされるということは誰かに届き、その誰かがそれぞれにいろいろなことを感じた、ということなのです」と、バーンスタインに倣って禅問答のようなことを申し上げて煙に巻くといたします。

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さて、最後に高関さんの指揮について書きます。久しぶりに拝見したその指揮は、若者たちを確実に導くというミッションあってのこともあってか、迷いようもないほどに明晰なもの。かくあれ、というヴィジョンが明確に示されるその指揮ぶりはドビュッシーでもマーラーでも徹底されていて、その指揮あればこそのこの日の演奏でした。
ドビュッシーで特に印象的だったのはそのテンポ設定(とその指示)の鮮やかさです。第二楽章の緩急、第三楽章の起伏はこの音楽をより大きいものにしてくれたと感じます。
マーラーではその明晰さがより活きていました。なにより、この長い作品で今自分がどこにいるのか、どこに向かうのか、迷わせることがないのは本当にありがたいことなのです、演奏する若者たちにとっても、私たち聴衆にとっても。両端楽章での造形感の強い指揮からは、モティーフをより明確に、フレーズの方向をはっきりと描こうという意志が伝わりました。もうちょっとソリッドに響きがまとまればより多くの情報が伝わるはず、そんな隔靴掻痒が残ったことは少々残念ですが、それは次の機会を待ちたいと思います。

なお、マーラーの作品で大量に用いられる打楽器については、この日も随所で新鮮な発見がありました(たとえば第一楽章のトライアングル、あそこまで書き分けられていたのかと驚かされました)。「バスドラムとシンバルの組合せ」や、「ティンパニとバスドラムの使い分け」など、第六番にはハンマーやシンバル以外にも打楽器の聴きどころ、たくさんあるんですよ。今日聴かれる方はそのあたりも意識してみてください、旋律や構成以外にも仕掛けが本当に多いですからね、マーラー作品。

一週間のリハーサルの成果が、本日の東京芸術劇場の公演でより見事に花開きますよう、ミューザ川崎シンフォニーホールからお祈り申し上げます。

ではこれにて、ごきげんよう。

2017年3月6日月曜日

名古屋文化短期大学にて前島良雄「マーラー再入門」開講

こんにちは。千葉です。
大学の公開講座のご案内ですよ。会場は、名古屋です(泣)。

●名古屋文化短期大学NFCCオープンカレッジ 前島良雄 「マーラー再入門 ~マーラーはいかにしてマーラーになったのか~」

先日も少しお名前を出させていただきました、「マーラー 輝かしい日々と断ち切られた未来」「マーラーを識る」と二冊の刺激的なマーラー論でも知られる前島良雄さんによる講義が、4月22日から三ヶ月連続、土曜日 10:30より開催されるとのこと(スケジュールはリンク先でご確認ください)。毎回資料としてレア音源もいただけるとのことですから、それだけでも元が取れようというものですよ!さらに二回目以降は”激レア”とまで書いてある!!何が出るんですか!!!(落ちつこう私)

このタイトルからは、グスタフ・マーラーの作られてきたイメージも、それに合わせて語られてきた受容史も覆されるのだろう授業が容易に想像できます。嗚呼名古屋は何故に近所ではないのか、と天を仰ぐしかできない私の代わりに、多くの皆さまが参加されることを期待します。マーラーが好きな方にはもちろん、彼のエピソードやら音楽につけられたエピソードに辟易している方も楽しめるものになると思いますので、是非。





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ああもううらやましいなあ、という気持ちをこらえられないご案内はここまで。お申込みはリンク先のご案内をご確認くださいませ。ではまた、ごきげんよう。



2017年1月12日木曜日

書きました:第18回 都響マエストロビジット

こんにちは。千葉です。

また寄稿させていただいています。ちょっといつもとは毛色の違う、アウトリーチ活動のレポートです。


クラシック音楽に限らず文化的行為は、現代においては演奏など本筋の活動をしていればいいというものではない、なんて言い方をよくされます。オーケストラはその最たるもののひとつでしょう。社会的な存在であることからも演奏以外のなにかを多く要求される、なかなか難しい立ち位置になっています。自治体が有する財産として長年活躍してきた団体を切り捨てることがコストの面だけから判断して優秀な自治体運営とみなされる時代ですから、「何々をしていれば安泰」なんてことはもうない。演奏の質も、アウトリーチの内容も、その時点の”成果”でのみ期待され測られ、場合によっては捨てられる。

ここをお読みいただいている方でもそうした判断を肯定される人もいらっしゃるのだろうと予想します。しかしながら、物事にはそれぞれに”射程”というものがある。トレーディングのように瞬間の判断で利益損益が明確になるものもあれば、世代を超える長い時間をかけてようやく成果が示されるものもある。
たとえば、教育はどうですか。「その場で子どもたちが教わった内容を理解した」イコール成果ではありませんよね?(この論理で考えるなら「教育において予備校こそが正しいあり方である」という結論になる。いや、学校運営において教師と事務職を分離しているのは正しいと思いますけど)教育を受ける期間を終わって何年も経って、社会に彼ら彼女らの影響が出始めてからようやく当時子どもたちだった人々の教育について、事実に基づいた評価ができるようになる。
例がひとつだと足りませんかそうですか。ではインフラの評価はどうですか、数万年単位の後始末が必要となる発電方法とかいりませんかそうですか。

冗談はさておいて、物事にはそれぞれに射程があるのです、という話。音楽において演奏はその場で生まれでて消えていくものだけれど、そのための”時間”は演奏時間どころではない。作曲家がその音楽を作り出す時間、演奏家がその力量を身につけるまでの時間などがあって成し遂げられた事々があって、はじめて演奏会が開かれるための準備ができる。出演者が決まってプログラムが編まれで、リハーサルをしてコンサートを開くことができる。時間だけではなく、多くの投資がすでに行われて文化的活動は行われているわけで。いまはまず前提としての職能や資産の話をしましたが、根本のところには価値判断が含まれているのだから、話を簡単にしては議論そのものが成り立たないのです。シンプル・イズ・ベスト、ではない物事はあるのです。あたりまえですけど。

こういう「前提について問う」内容のことを申し上げれば、記事やこの文を公開する前から「そもそも論かよ」「考えがまとまってから書け」というご意見反論が私ごときでも想像できます。そりゃあ当然です、答えがあるなら知りたいです。ですが、こうして問うことそのものに意味があると思うから千葉は書くのです、それが無意味だとは思いません。試行錯誤の前段で施行/思考を止めてしまったらそれこそ無意味ではありませんか?問いからしか始まらないもの、あるんですよ。

話がそれました。記事の中でも書きましたが、都響は演奏と教育を共に重視することで、過去からの蓄積に向き合いつつ現在の聴衆に応え、そしてさらに存在してくれるかもしれない未来の聴衆、音楽家の育成に取り組んでいます。その働きは多面的な評価ができるものと考えますので、願わくはお読みいただいた皆さまがそれぞれに考えていただければと思います。千葉個人としては、クラシック音楽を無用物扱いするたぐいの価値観に同意することはありません、とのみ。あとは自分が書く文章から、あり得べき姿や希望を読み取っていただければ幸いです。

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話が長くなりすぎた気がしてきましたのでひとまずこの文章はおしまい。最後に、こういうことを考える時私の脳内を駆け巡る曲をご紹介して〆ましょう。
長く一線で活躍するミュージシャンで、自作をかなり大事にして代表盤は何度となくリイシューし、ベストアルバムに収録しているピーター・ガブリエルですが(バラカンさん風にゲイブリエルとは呼んでなかった世代)、いくつかのサウンドトラックでの仕事はバラけたままになっている印象があります。「Wall-E」のエンディング曲とか、どこかのベスト盤に入れてくれないかなって。そんな曲の中に、新世紀を迎えるにあたってロンドンで上演された「OVO: The Millenium Show」の最後の曲、「Make Tomorrow」があります。シングルカットもされていないし、英国外では知られていないパフォーマンスなんだとは思うんですけど、すっごく好きな曲なんですよねこれ。そんなに英語に堪能でもないし、ポップスはほとんど歌詞を聞いていない私でも、この曲は耳に残ったし、今も繰返し聴く曲のひとつなんですよね。「Making Tomorrow,Today」と繰り返すフレーズが耳に残る、いい曲なのでひとつ動画でも…と探したけどYouTubeには公式のもない。前述のとおりシングルカットされていないからミュージックヴィデオもない(昔はプロモーションヴィデオ、ヴィデオクリップとか言ったもんじゃよ)。惜しいなー口惜しいなー…ということでリンク先で聴いてみてね。自己責任で。

ということでこの記事はここまで。ではまた、ごきげんよう。