2019年9月2日月曜日

これぞ、真髄 ~東京交響楽団 川崎定期演奏会第69回

●東京交響楽団 川崎定期演奏会第69回

2019年3月23日(土) 14:00開演 会場:カルッツかわさき ホール

指揮:クシシュトフ・ウルバンスキ
ヴァイオリン:ヴェロニカ・エーベルレ
管弦楽:東京交響楽団

モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲第五番 イ長調 K.219
ショスタコーヴィチ:交響曲第四番 ハ短調 Op.43

かつて首席客演指揮者として東響でも活躍してくれたウルバンスキだけれど、実は私はタイミングが合わず今回初めてその演奏に触れた。才能ある若い指揮者が特に欧州でポストを得ると、なかなか日本に来られなくなるというのは皆様もよく感じていらっしゃるでしょうけれど、ええ、私の場合彼がそのタイミングで聴きそびれていた一人なのです。NDRオケとの来日も行けませんでしたし…
録音などでは聴いていても、いろいろとお話はうかがっていても(過去の共演の際の興味深いエピソードなど、教えていただいたのは、もしかすると「早く聴いておけって」というアオリだったろうか(笑)。いや考え過ぎかもしれませんが)、やはり実演でないとわからないことは多いものです。終演後、早々に団の方に「早く次呼んでくださいね」とお願いに行ったことを最初に書いておきます。返事がどうだったかは、…ご想像におまかせします。なお、この日は三階席で聴きました。

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まず前半に置かれたモーツァルトの協奏曲から。編成は8型で意外にも弦は向かって左からVn1>Vn2>Vc>Vaと並ぶ通常(または20世紀)配置。ザルツブルク時代の曲なので管楽器はオーボエとホルンしかなく、この小編成で、しかも三階席でどんな音がするものか、十分に楽しめるだけの音が来てくれるか不安がなかったわけではない。しかしチューニングが始まってみれば音はちゃんと届くし、音の伸びも感じられる。これなら、と思ううちソリストと指揮者が入場、オーケストラの序奏のワンフレーズで杞憂は解消され、ありがたいことに残響感も十分だ。ソリストの音も、フレーズにアーティキュレーションにテンポにと、多彩なアイディアがきちんと聴き届けられるのだから文句のあるはずがない。このホール、席によってかなり印象が異なりますね、というのがミューザ不在の数カ月の経験からのアドヴァイスです。まあ、次がいつになるのか、まったくわかりませんけど…

さて演奏の話に戻ります。10代でベルリン・フィルハーモニー管弦楽団に招かれたというヴェロニカ・エーベルレ、さてその腕前のほどは?なんて様子見めいた気持ちは、演奏開始早々になくなってしまった。その音楽は鮮やかであり、自在である。アーティキュレーションを鋭く立てて語る部分と、レガートで存分に歌う部分とのコントラストも見事なものだし、技術的にも非常に高いレヴェルで安定している。小編成で聴かせる東響のモーツァルトが悪いはずもないのだが、指揮台に乗らずソリストとオーケストラをそそのかすように刺激するウルバンスキのもと、エーベルレはくるくると表情が変わる見事な「若きモーツァルト」を聴かせてくれた。特に感心したのはフィナーレ。ロンドをただの繰り返しにしないアイディアの多彩さももちろん素晴らしいのだけれど、この作品の愛称をもたらした「トルコ風」の部分、コル・レーニョの打楽器的効果にソリストの奔放な歌い回しが上手く噛み合って、モーツァルトがこんなにもロマ風に聴こえたのは収穫だった。愛称の由来を超えていく演奏なんてなかなか出会えるものじゃあない。彼女なら弾き振りでもいけるんじゃないか…?モーツァルト・マチネとか来ません?などと思ったりもしたけれど、軽やかに歩きながら指揮したウルバンスキの存在感もまたよし。良いモーツァルトを堪能した。

アンコールに演奏されたプロコフィエフの無伴奏ヴァイオリン・ソナタからの第二楽章は、モーツァルトとはまた違う、濃厚な表現が実に魅力的なもの。そう遠くない時期にまた東響に来てほしいものだ、それこそスケジュールが取れなくなる前に、定期的に来演するパターンができるまで。そうそう、次は是非、ソリストに優しく、何より音楽家の可能性を増大させるミューザ川崎シンフォニーホールで。

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休憩を挟んでステージを眺めればみつしりと並んだ大編成管弦楽。思えば私の2019年はここまで東響のモーツァルト以外は16型ばっかりである(笑)。変則の四管、打楽器9人、壮観である。しかし問題は編成ではなく音楽だ、表現だ。当たり前の話である。
ということで例によって結論を書く。もしかするとオペラと定期と連日の公演で若干徹底しきれなかった部分はあったかもしれない(この時期の東響のスケジュールをみるだけで私は気が遠くなる)。しかしそれでも、しなやかで強い音楽としてショスタコーヴィチの問題作が提示された。この演奏ならば先日の予告で書いた「天才が無邪気なまでにその才能を披瀝した作品」と評することができる。ありがたいことだ。

実はこの作品を”マーラー的”と評することに、私は長いこと違和感を持っていた。たしかに”長編”でコントラストが鮮烈である点に近さがあっても、求心的でシーケンシャルなマーラーと発散的でコラージュ的なショスタコーヴィチのヴェクトルの違いがより気になるからだ。第一から第三までのショスタコーヴィチの交響曲を追っていればなおのこと、マーラーとは語り方が違いすぎる、のではないのか。成立に諸説ある作品だが※1936年に成立したままの作品が現状演奏されているものだとするならば、直前の大成功作である「ムツェンスク郡のマクベス夫人」と対になるべき作品だったのではないか、とこの日の演奏を聴くことで思い当たった。女性のドラマとして示された「マクベス夫人」、男性のドラマとして示されるはずだった交響曲第四番。

※陰謀論に近い説があります。復活蘇演の時期の作風に近いので、パート譜からスコアに起こす際に手を入れたのではないか、とかいう。その補強にかつては現行版とはまったく別の序奏が挙げられていましたが、それは今回の解説にもあったとおり「破棄された草稿」と見るべきだと思うので、まあ、ネタということで。

交響曲第四番が、その後名誉回復の一作となった「第五番とそうかけ離れた内容の作品ではない」という指摘は昨今よくされる。なるほど、過剰な部分を抑えて形式を整えて、四楽章形式でフォルテッシモで終われば…なんて口では言えても、具体的な想像はそう簡単ではないのだけれど、ときどき作曲家の手癖故か直接に似たような雰囲気を醸すところはある。だがしかし、第五番は”本筋”が誰にも聴き取れるように書かれているのに対し、第四番は交響曲第三番までの、「ムツェンスク郡のマクベス夫人」までの初期ショスタコーヴィチの集大成として、もはや”本筋”があるのかどうかすら疑問に感じるほどに過剰な脇筋が展開される音楽だ。だがしかし喜ぶべし、この日の演奏ではいくら脇道を全力で疾走したり、迷子になったように立ち止まったりしていても、この曲は第三楽章のクライマックス、音響的頂点に至るためにある、そう本筋が示された。敗北して終わるドラマ、ということではマーラーの交響曲第六番にも通じるドラマを想定して捉え直してみるべきなのか。そんなふうに思わせてくれたウルバンスキと東響に感謝したい。

足元も軽やかにこの複雑な作品を捌いていくウルバンスキ、それに応える東響のコンビネーションは彼がポストにある/ないなど関係なく密接なもので、印象的な場面はいくつもあった。たとえばこの日の演奏は冒頭から高い集中を見せていたが、第一楽章のあの狂乱のフーガは最初の頂点となった。トップスピードで始まって、その速度を全力でキープするオーケストラ、そして気を緩めずそれ以上を求め続ける指揮者の姿にはどこか異様な気配すらあった。その整然とした狂気あってこそこの作品だ、ショスタコーヴィチ音楽の愛好者として演奏を聴きながら内心ガッツポーズしていた私である。第二楽章の普通のスケルツォ風に始まりながら、どうにも収まりの悪い(けど楽しい)拍子が変わり続ける展開もむしろ楽しむように演奏するウルバンスキと東響。そして前述のフィナーレだ。民謡風の鄙びた雰囲気から始まって、その多彩すぎるアイディア、オーケストレーション、展開の目まぐるしさがこうも力強く表現されるこの演奏であれば、ショスタコーヴィチがかつてどれだけ「危険な天才」だったかがわかろうというものだ。その危険さは形を変えて残っていくのだけれど、「マクベス夫人」と第四番で見せるそのヤバさは別格である。ロシア革命が生み出した最強の天才は、しかしこの路線を突き詰めることはなかった。それがよかったかどうかはもう誰にもわからないけれど、現在の私たちはこの作品があってそれ以降の作品があることをよく知っている。第五番以降の作品を聴くとき、どこかにこの作品の残響を探してみる、そんなショスタコーヴィチの楽しみ方もあるだろう、そんなふうに思わされたウルバンスキと東響の見事な第四番だった。

…そうだ、昔新国立劇場で「ムツェンスク郡のマクベス夫人」を聴いたとき、オーケストラは東京交響楽団だったのではなかったか。また上演してくれないだろうか、それこそウルバンスキを招いて(無理です、スケジュール的に←オチ)。

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ウルバンスキが次にいつまた来てくれるものか、それはスケジュールを差配するエージェントのみぞ知ることなので(哀しいけどこれが現実です)ここで書けることは何もないのだけれど、この日見事なモーツァルトを聴かせたヴェロニカ・エーベルレは9月に再度来日します。東京都交響楽団札幌交響楽団との共演にリサイタル武生国際音楽祭2019に、と存分にその魅力を示してくれることでしょう。詳しくは招聘元のサイトで日程をご覧くださいませ。

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