2019年7月26日金曜日

フェスタサマーミューザKAWASAKI2019の聴きどころ その三 ~独奏者を聴く

(承前)これも公演順で紹介を…とも思ったけれど、ここは楽器別で行きましょう。今回、なぜか独唱や合唱を交えた公演がないので、コンサートを華やかに彩る器楽独奏の皆さまについて、多く登場する楽器の演奏者から言及していきます。
なお、お名前からそれぞれのホームページやSNSにリンクしておきます(更新されていればホームページ、そうでなければアクティヴで包括的に情報が見られそうなアカウントと判断できるものを選択しました)。興味を持たれた方はぜひご参照あれ。

まずは5人が登場するピアノから。

1.タマラ・ステファノヴィッチ(7/27 東響)

ノット&東響がリゲティを演奏するのに招かれるピアニスト。わかる人にはこれだけで多くの情報が伝わってしまうのでは?ご自身のアルバムから紹介される作品がこれって時点でもう、ねえ(笑)。



聴いたことあったかな、とか思っていましたが、このアルバムにも参加されていました。なるほど、リゲティの協奏曲を演奏するのに招かれるべき方、なのです。



2.小川典子 (7/28 イッツ・ア・ピアノ・ワールド/新日本フィル)

ミューザ川崎シンフォニーホールのアドバイザーとして会見にも出席して、いくつもの貴重な情報をくれた小川さんは、上岡&新日本フィルとラフマニノフの第二番に登場。同じ日の午前には、子どもたちとの「イッツ・ア・ピアノ・ワールド」にも登場するのだから、7月28日は”小川典子の日”なのである。

小川典子とミューザ川崎シンフォニーホールの歩みの15年の集大成となるリサイタルが9月に開催されることも発表されていて、ますますこのホールとの縁も深まるだろう彼女である。



3.反田恭平 (8/3 原田&N響)

昨今のニュースも話題の彼が、ガーシュウィンの「ラプソディ・イン・ブルー」とくればそれはチケットの入手が大変に決まっていましたね(手遅れなので多くを語れません)。先日公開された記事は、彼のスタンスを明確に示す興味深いものとお見受けしました。

今後はオーケストラにレーベル運営にと、演奏家としてだけではなく活躍の幅を広げていく模様の音楽家・反田恭平が、ほぼ100年前の”クール”な作品をこのホールでどう聴かせるものか。注目です。
ちなみにもう少し前の時代の作品には、こうアプローチした模様。



4.藤田真央 (8/7 小林&日本フィル)

4月には、秋山和慶の指揮で東響とジョリヴェの協奏曲を演奏した彼、今度は小林研一郎と日フィルとの共演で、いわゆるチャイコンを演奏してくれます。どちらも日本を代表するヴェテランとの共演ですが、秘曲から超がつく名曲へと若きピアニストの才能や感受性が存分に示されるだろう。…という内容をけっこう前に用意していたのだけれど、今では世界が注目するピアニストの一人となった藤田くん、このお祭りでももっとも注目される出演者のひとりとなりました。おめでとう。



5.ジャン・チャクムル (8/12 尾高&東響)

昨年開催された、第10回浜松国際ピアノコンクールの優勝者として、内外での活躍が目覚ましい彼が、お祭りのクロージングに登場です。「完全版 蜂蜜と遠雷 ~若きピアニストたちの18日~」で少しだけ放送されたリストの協奏曲では、共演した東響のメンバーがとてもいい笑顔をしていたのが印象的でした。サマーミューザの記者会見で、このコンクールの審査委員を務めた小川典子は「彼のようなコンテスタント的でない音楽的才能に賞を与えられたことを誇る」といった話もされており、今回のミューザへの登場にも大いに期待したくなるところ。



続いて、二人が登場するチェロ。

1.ジョヴァンニ・ソッリマ (8/6 藤岡&シティ・フィル)

彼の場合、むしろ自作でその名が知られてるんじゃないか?と私は思ってしまうのです。



今回の来日ではこの動画の舞台である、彼のプロジェクト「100チェロ」公演も開催されます。日本のオーケストラにソリストとして客演するのは初めてという彼。曲はドヴォルザーク、正面突破という印象がありますね。鬼才の登場に期待しましょう。

2.古川展生 (8/9 齊藤&昭和音楽大学)

東京都交響楽団の首席奏者として、またクロスオーヴァーユニット「古武道」のプレイヤーとしてジャンルを超えた活躍をする彼が、昭和音楽大学の若者たちとエルガーを演奏します。
今回は学生オーケストラとの共演ということでチケットもお手頃価格ですので、ミューザ入門にもいいかも。



そしてなぜかひとりしか登場しないヴァイオリン、郷古廉が仙台フィルと共演します(8/4)。先だっては東京交響楽団のゲストコンサートマスターとして「名曲全集」にも登場した彼(切れ味がちょっとありすぎたくらいに感じました)が今度はソリストとして川崎の舞台に登場です。この前はカルッツかわさきでしたから、ようやくミューザで聴くことができますね…チャイコフスキーの協奏曲であれば彼の実力も存分に発揮されましょう。



もうひとりの”弦楽器奏者”として、ギターの渡辺香津美を忘れてはいけない(7/30 川瀬&神奈川フィル)。若き日から天才ギタリストとして活躍した彼が、今回はこんなチャレンジをしてくれます。

…このコンサートのため、現在は休酒中でバンドマンのメインイヴェントたるウチアゲですら飲んでいらっしゃらないとか(笑)。期待せずにはいられません。

最後に管楽器。今回は二人のフルート奏者が登場します。
まず30回目のPMFオーケストラと、第16回チャイコフスキー国際音楽コンクール 木管部門優勝のマトヴェィ・デョーミンが共演(いわゆるチャイコンの、管楽器部門最初の木管部門ウィナーということになります)。



そして東京フィルハーモニー交響楽団と共演するフルートの高木綾子(8/11 エッティンガー&東京フィル)。その若き日のクロスオーヴァー的なアルバムでのデビューから、オーケストラにソリストに教鞭にと活躍する今に至る時間を考えるとちょっと気が遠くなりますが、充実した演奏を聴かせてくれるものと期待しています。



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なお、新百合ヶ丘駅からほど近いテアトロ・ジーリオ・ショウワで開催される「出張サマーミューザ@しんゆり」ではピアノ、ヴァイオリンの協奏曲が聴けるんです。出演は戸田弥生(8/3 秋山&東響)、成田達輝菊池洋子(8/10 垣内&神奈川フィル)がメンデルスゾーン、ベートーヴェンの協奏曲を聴かせてくれます。…「出張サマーミューザ@しんゆり」を入れるとヴァイオリニストのほうが多くなっちゃって、この稿の大前提が壊れちゃうことはお気に為さりませぬよう(笑)。

以上簡単に、サマーミューザに登場する独奏者各位をご紹介させていただきました。詳しいコンサートの日程はリンク先でご確認ください

かってに予告篇 ~フェスタ サマーミューザ KAWASAKI 2019 Day1

●フェスタ サマーミューザ KAWASAKI 2019 東京交響楽団オープニングコンサート

2019年7月27日(土) 15:00開演
会場:ミューザ川崎シンフォニーホール

指揮:ジョナサン・ノット
ピアノ:タマラ・ステファノヴィッチ
管弦楽:東京交響楽団

バリー・グレイ:「ザ・ベスト・オブ・サンダーバード」〜ジョナサン・ノット スペシャル・セレクション(オリジナル・サウンドトラックより)
リゲティ:ピアノ協奏曲
ベートーヴェン:交響曲第一番 ハ長調 Op.21

ノット&東響による先日の定期演奏会はその凄絶なプログラム故に、また時節柄もあってどこか”喪”の儀式の趣があり、そのあともつらつら考えていることがあるのだがそのたびに思い浮かぶフレーズがmemento mori、なのである。死を想え、忘れるな。

そんな重い問いかけから一週間になろうという7/27には、一転してミューザ川崎シンフォニーホール開館以来続く”夏祭り”、フェスタサマーミューザKAWASAKI2019が開幕する。そのオープニングもまた、ノット&東響が務める。では、先日の定期がメメント・モリだったとして、開幕公演は何がテーマになるのだろう?
これは完全に私見だが「Homo ludens」、遊戯する人間がテーマなのではないか、とかって読みをしている。誰にも話を聞いていないし、あくまでプログラムと、その音楽からの想定なので当たり外れとか期待しないでください(おい)。

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ノット監督が幼少期に衝撃を受け、音楽家を目指すきっかけともなったという「サンダーバード」からの音楽を、遊戯のくくりで捉えるのはまあアリでしょう。そしてメインに置かれたベートーヴェンの最初の交響曲はまだ師匠、先人たちの影響下にあった時期の、実に挑戦的な作品であること、その数々の趣向を考えればそうお門違いでもあるまい。では、残ったリゲティのピアノ協奏曲はどうなのか?

先日演奏された、壮絶な「レクイエム」のあとに”リゲティ作品の遊戯性をどうのこうの”と言っても信じてもらえないかもしれない。だがこのピアノ協奏曲は、ポリリズムを駆使したリズムの遊び、ピアノの音色と他の楽器との対比の遊び、そして何より可能性の探求という知的な遊びに満ちている。そこにこそ、新しい音楽の楽しさがある、私はそう信じている(これは後で書くけれど、あんな事件がなければ、私たちはもう少し「レクイエム」の音響にももっと直接に向き合えて、より多くの新たな発見ができただろうと思っている)。
「レクイエム」同様、音楽としては複雑であり難解と言われても仕方ない、演奏もまた至難であろうことが想像できる。ただ、それでもこの作品でリズムの探求をどこまでも掘り下げることは、きっとリゲティにとっても楽しかったものだろうと思う。きっとノット&東響、そしてタマラ・ステファノヴィチは、そんな作品の真価を示してくれるものと大いに期待している。

ノット&東響のファンの皆様にも、これまで縁がなくてコンサートでは聴けなかったという方にも。そしてもちろん、「えっサンダーバードやるんすか」くらいにこの公演を知ったという方にも、ぜひオススメしておきたい。演奏の質は私が保証する(までもないと思うのだけれど)、27日の午後を空けられる方はぜひ、ミューザ川崎シンフォニーホールへ。夏祭りの開幕を飾るこのコンサートをまずはお聴きになっていただきたい、強くそう思う次第である。開演前には、お祭りの開幕を告げる「オープニング・ファンファーレ」もありますので、是非。


※簡単に言いやがってこんちくしょう、リゲティ聴いてみたけど楽しくないぞ!どうなってんだ!と思われた方には、こんな動画はいかがでしょう。…二つとも見ると、予習の時間がコンサートの倍以上になっちゃうんですけどね(笑)。



2019年7月18日木曜日

かってに予告篇 ~東京フィルハーモニー交響楽団 第924回サントリー定期シリーズ/第127回東京オペラシティ定期シリーズ

●東京フィルハーモニー交響楽団 第924回サントリー定期シリーズ第127回東京オペラシティ定期シリーズ

指揮:チョン・ミョンフン
ヴァイオリン:クリステル・リー(2015年第11回シベリウス国際ヴァイオリンコンクール優勝)
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団

シベリウス:ヴァイオリン協奏曲 ニ短調 Op.47
ドヴォルザーク:交響曲第九番 ホ短調 Op.95 『新世界より』

予告をいつも書く前の手順の一つに「この人まだ聴いたことないな、どんな音なんだろう」と合法の配信(いかがわしい言い方)を検索する、というものがある。これから実演で知る音楽家の音色が好みならそれだけでも気分は良くなるし、見つかったものがちゃんとした映像であればある程度まではその人のアプローチも推察できましょう、という冷静な判断もできる(ちなみに、数年前に日本に代役デビューしたとあるマエストロについては、エージェントが「この動画見てよ」と言ってきた、と聞いた。もうそういう時代なんです、たぶん)。
そんなわけで、今回のクリステル・リーについてもその手順を踏んでみたのだが、なんと今回の公演告知で明記されている、シベリウス国際音楽コンクールに優勝した際の映像がある。おおこれは便利な時代である…と思ったが、どうもテレビの映像をどなたかが流しているもののようで共有するのはちょっと引っかかる。うーん、と思ってもう少し見てみたらありましたよ、彼女がシベリウスの協奏曲を演奏している動画が。


「Finale Violine - Christel Lee (USA) 2. Preis 2013」というそっけないタイトルでは一瞬なんのことかわからないのだけれど、これは2013年に開催されたARDミュンヘン国際音楽コンクールのファイナルの模様で、共演はアントニオ・メンデス指揮バイエルン放送交響楽団。この動画をおいて彼女のキャリアを見直せば、まずは難関で知られたこのコンクールの一位なしでの二位に輝き、その後2015年にシベリウス国際音楽コンクールで優勝、そして現在に至る活躍をしているヴァイオリニストである、ということですね。
彼女の公式サイトを見ると、過去にチョン・キョンファにも師事していたとのことで(併せて田中直子の名も挙げられている)、今回の共演でチョン・ミョンフンの「家族」、音楽家仲間に迎えられるということなのだろう。このキレが良いのにどこかウェットな美音で奏でられるシベリウス、期待したい。

なお、彼女の演奏を他の曲でも聴いてみたい!と思われる方にはこれなんか如何ですか。


ソリストの話が長くなってしまったが、後半のドヴォルザークももちろん注目である。チョン・ミョンフンが今シーズン東京フィルの定期に登場する一度だけの機会に取り上げる、得意中の得意の作曲家なのだから。100周年を飾った演奏会で取り上げたこと、かつてのこども音楽館でも2005年に「新世界との出会い」~ドヴォルザークとガーシュイン~ と題して取り上げている(これはDVD化もされている)。それにかつてウィーン・フィルとも録音しているのだから(3、6~8番、そしてセレナード集)マエストロのドヴォルザーク理解には一家言どころではない説得的なものが期待できよう。東京フィルとの演奏は回を重ねるごとに成熟も極まりつつあり、正直に申し上げるならこのように条件の揃った演奏会について私から言うべきことはない、かもしれない。会場で、その音楽を存分に体験しましょうぞ。

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今回、非常に軽めの内容になっているのは訳がありまして。これをご覧ください、こうなってしまっては事前に案内するのが嫌がらせになってしまうではございませんか!(笑)


そんなわけで、これもまた公式配信のチョン・ミョンフン指揮ドヴォルザークの交響曲第九番の動画で来場できない皆さまにもお楽しみいただこうか、と思います次第。…なんかね、フェニーチェ歌劇場の公式チャンネルはなぜかわからないけれど再生回数が寂しくって(配慮した表現)、演奏の熱さを踏まえるとあまりにも惜しいので。
…なお、これを見て「聴きたかったよコンチクショー」と思われても私にはどうすることもできないのでご容赦のほど。では心ゆくまで演奏をお楽しみください!(責任感のない投げ方)

2019年7月10日水曜日

かってに予告篇 ~ロレンツォ・ヴィオッティ 東京交響楽団(7/13~15)

●東京交響楽団 東京オペラシティシリーズ第110回第114回新潟定期演奏会ミューザ川崎シンフォニーホール&東京交響楽団 名曲全集第148回

2019年7月
  13日(土) 14:00開演 会場:東京オペラシティコンサートホール
  14日(日) 17:00開演 会場:りゅーとぴあ 新潟市民芸術文化会館
  15日(月・祝) 14:00開演 会場:ミューザ川崎シンフォニーホール

指揮:ロレンツォ・ヴィオッティ
管弦楽:東京交響楽団

ブラームス/シェーンベルク:ピアノ四重奏曲第一番 ト短調 Op.25
ドヴォルザーク:交響曲第七番 ニ短調 Op.70

二曲からなるコンサートなのに、名の知れた作曲家の名前が三つあるのがどうにもややこしい。いやそこまで複雑ではないのですが。とは言いつつ、演奏される二作品になじみがなくてちょっと気後れされている方もいるかもしれないので、おせっかいにもご案内をば。だって、そんなぼんやりとした気持ちの問題で聴き逃すには、ロレンツォ・ヴィオッティという才能はあまりにも惜しいですし。名曲全集は東響にとっては本格的な”ホーム・リターン”コンサートでもありますし。

後半の作品をまず見てみれば、こちらは何も変わったことはない。簡単な紹介でよければ「アントニン・ドヴォルザークが1885年に発表した交響曲」で十分だろう。察しの良い方ならこの年代だけでも多くのことが伝わる、そしてこの曲には古今の名盤があるし、現在ならこういう動画でどんな曲かを知ることもできる。


(いわゆる参考演奏とは程遠い、個性的な演奏なので、ここで貼るべきものではなかったかと今になって思っていたりする)

「実はロンドンと縁があるのは第八番じゃなくてこっちの交響曲」「ブラームスの第三番からの影響がある、と言われる」「充実した晩年の始まりを告げる作品」くらい付け足せば十分ではないだろうか(そうとう雑な言い方になりますが)。日本では最後の二作ほどは演奏されないが(まあ、九番と比べるのはどうかしている)、初演から大成功して現在に至っている作品だ。今回の充実した演奏は、きっと日本での第七番再評価を進める大きな一歩となるだろう。
…え?聴く前からそんなことを言っていいのか、ですか?若きロレンツォ・ヴィオッティの音楽の充実ぶりは私もこれまで何度か書いてきたとおりですし、いよいよ本格的にミューザに帰還する東響がそれに応えられないわけもない。しかも今回はオペラシティ定期(13日)、新潟定期(14日)、名曲全集(15日)と三回もの公演があるのだから、回を重ねるごとにまた違う表情を、ドラマを示してくれることだろう。私はそれを微塵も疑っていないので、このように申し上げる次第です。

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では何が一瞬の混乱を呼ぶか、といえば前半に演奏される作品だ。ブラームスとシェーンベルク、二人の名が並ぶこの曲を一文で説明するならば「ブラームスが1861年に作曲したピアノ四重奏曲第一番 ト短調 Op.25を、シェーンベルクが1937年に編曲した」オーケストラ作品、である。どうだわかりやすかろう(そうでもないか)。

さてわかりやすくまとめてはみましたが、年号を入れるといろいろ情報が発生するので、そのあたりを補足するならば…

この時期にブラームスはウィーンに移住しているが(作曲は移住前)、まだ第一番の交響曲も完成させていない。であれば作曲家としては自身でも演奏するピアノ曲に室内楽曲、そして声楽曲の人である。最初の協奏曲と近い時期に作曲されたピアノ四重奏曲は彼らしい親密なアンサンブルと、民族的な旋律が魅力的な作品だ。「…それをあのシェーンベルクが編曲?オーケストラに?大丈夫なんですか?」なんて思う方も試しにこれを聴いてみてくださいな。



シェーンベルクによる編曲作品は意外なほど多く、それらは原曲の魅力を活かした仕上がりなのでその点では安心してほしい。1920年代にはここに貼ったシュトラウスのほかマーラー※など、幅広く手がけている彼の手腕は確かなものだ。もっとも、それらは20世紀初頭までの大編成のオーケストラを駆使したものではなく、上の動画に見られるような、独特の室内楽編成が中心になるのだが、それは当時彼が組織した「私的演奏協会」のために書かれたものが中心だから、ということになるだろう(この団体については、Colors & Chords様のサイト:リンク先が詳しい)。オーケストラのための編曲作品としては、バッハのコラール前奏曲が比較的有名だろうか。
1920年代という、彼が十二音技法を確立する時期に編曲作品を多く残した、というのは私的演奏協会のような外的事情を無視してついちょっと妄想を呼ぶものではある、未だ聴かれたことのない新しい音の探求の中で他人の作品を音化していく作業に彼は何を見ていたのか…などなど。

※余談だが。編曲を始めたが未完のまま放棄されていた「大地の歌」は、後にライナー・リーンが完成させて、今ではいくつかの録音もされているのでマーラー好きの方にはぜひ聴いてみてほしい。大編成管弦楽を駆使したオーケストラ版と、歌曲としての性格をより強く感じさせるピアノ版の間に、うまく収まるものになっていると私見する。

だが今回演奏されるピアノ四重奏曲第一番は、彼がナチスから逃れて渡米した後の編曲だから、そんな妄想はあまり合致しないものだ。むしろアメリカでの教育活動の影響や、亡命者としての望郷の念もここにはあるのかもしれない。ちょっとブラームスの管弦楽にしては派手かな、と感じられる部分はあるけれど(初めて聴いたときには打楽器の活躍にかなり驚かされた)、その「過剰さ」にシェーンベルクの個性が刻まれている、と受け取ればいいだろう。
そんな二人の「共同作業」を、ヴィオッティと東響はどう聴かせてくれるものか。会場によって、日によって違うサウンドが楽しめるのだろうなあ、と想像してほくそ笑んでしまう私である。

ここまで紹介しても心配なあなた。この演奏でも試しに聴いてみてはいかがでしょう。ピアニストとしてもこの作品に取り組んでいただろうエッシェンバッハなら紹介者として最適では、と思いますが。



最後に余談。この編曲を用いて、ジョージ・バランシンがバレエを作っている。三つの個性が一つの作品に集まった舞台も見てみたいものである。NYCB、いつか来日公演で取り上げませんかしら。

2019年6月30日日曜日

”The SOUND” will come back Soon! ~ミューザ川崎シンフォニーホール リニューアル・オープン!

長く待ちました、なんて私が言うことではない、もっともっと待った人たちがいるだろうとは思うのだけれど、せっかくなので申し上げておきましょう。いよいよ、7/1にミューザ川崎シンフォニーホールが改修を終えてリニューアル・オープンします!拍手。
休館前に行ったのはいつだったか、と振り返ってみると1/14に開催されたモーツァルト・マチネでしたね、そういえば。その後カルッツかわさきでのコンサートもいくつか聴いて、あのホールでの楽しみ方も少しわかってきたような気がするけれど(レヴューはちょっと待ってね状態。すみません。)、やっぱりミューザ川崎シンフォニーホールに帰れるのは本当に嬉しい。喜ばしい。帰れる場所があるんだ…ボケはさておき、帰るって何様ですかね私は(笑)。

閉館していた間、改修がどのように行われたかはミューザ川崎シンフォニーホールのブログできっちり紹介してくれていますので、久しぶりに来場される前に読んでおいてください。必修ですよ(来場するの前提←それよりなにより偉そうだ)。

開場以降の公演情報を、ちょっとだけ予告編風に紹介しましょうそうしましょう。

●「ミューザの日」2019

2019年7月1日(月) ※10:00~16:00の時間、コンサート他各種企画が用意されています

やはり「あの音」がどうなったのか、それを聴かなきゃ!というあなたは、明日の昼の時間帯を万難を排して開けなければいけません(笑)。13時開演のウェルカムコンサート「オーケストラ入門!」はトークありオーケストラありオルガンありで、このホールの特性を全部楽しめる、短めのコンサートです。整音されたオルガンの音実家(じゃない)に帰る東京交響楽団の音、どちらも一度に確認できます。どうですか。

●JFE Presents
MUZAランチタイムコンサートMUZAナイトコンサート60 7月 ~祝祭のハーモニー

2019年7月3日(水) 12:1019:00開演

こちらはオルガンのサウンドを満喫できる、ミューザおなじみのランチタイム/ナイトコンサートです。ナイトコンサートでは整音についてのプレトークも行われますので、どうですか(二度目)。

4日にはホール主催ではない最初の公演として「樫本大進×ベルリン・バロック・ゾリステン」のコンサートが、週末には「ミューザ川崎市民合唱祭」が…と、これまでのブランクを埋めるかのようにコンサートが続きます。その先には、1月の公演レヴューで紹介しておいた「名曲全集」が、ノット&東響の川崎定期演奏会(超がつく注目のプログラム!!)が、そして「フェスタサマーミューザKAWASAKI2019」が、と注目の公演が待っています。さあ皆さん準備はいいですか?ミューザ川崎シンフォニーホールは明日リニューアル・オープンです。あの地震の後とはまた違う再会の喜びをぜひ、会場で。どうですか(三度目)。


(前回の復活も記録が残っているのですね。素晴らしい)

※追記。

館内はこういう感じに各所に15周年の告知があります。慶祝。


せっかくなのでかわさきミュートン、ハマの電チャン、エネゴリさん(おい)の揃い踏みのセレモニーも。

こうして見ると、船の舳先のようでもあります、ミューザ川崎シンフォニーホールの外観。新たなる船出に拍手を。

2019年6月15日土曜日

かってに予告篇 ~ 東京交響楽団 第671回定期演奏会/ミューザ川崎シンフォニーホール&東京交響楽団 名曲全集第147回

東京交響楽団 第671回定期演奏会ミューザ川崎シンフォニーホール&東京交響楽団 名曲全集第147回

2019年6月
  15日(土) 18:00開演 会場:サントリーホール 大ホール
  16日(日) 14:00開演 会場:カルッツかわさき ホール

指揮:ユベール・スダーン
ピアノ:菊池洋子
管弦楽:東京交響楽団

シューマン:
  「マンフレッド」序曲 Op.115
  ピアノ協奏曲 イ短調 Op.54
チャイコフスキー:マンフレッド交響曲 Op.58

ベルリオーズ、ヴェルディ、アダン、そしてシューマンとチャイコフスキー。こんなふうに作曲家の名前を並べただけでは意味がわからないけれど、こう付け足してみたらどうだろう。「イタリアのハロルド」、「二人のフォスカリ」、「海賊」、そして「マンフレッド」。そう、バイロン卿ことジョージ・ゴードン・バイロン(1788-1824)の作品を音楽化した作曲家だ。強く文学作品に反応したベルリオーズや、舞台作品の原作としてバイロンの作品を選んだ二人は自然な成り行きとも思えるが、「マンフレッド」を音楽化した二人はどうだろうか。

まずシューマンから見てみよう。彼もまたベルリオーズ同様に文学気質の作曲家だから、彼の場合は自身愛読した作品の劇付随音楽を作る機会を逃さない、というのは自然な流れだ。
対してチャイコフスキーだが、交響曲第四番を作曲した充実したこの時期にこの作品を音楽化したのは、彼自身の発案ではない。スタソフとバラキレフがかつて企図したベルリオーズによる音楽化が、時を経て人を変えて実現したのがこの作品なのだ。かつて幻想序曲「ロメオとジュリエット」の作曲を薦めた恩師とも言えるバラキレフからの提案に、すでに「白鳥の湖」や「エフゲニー・オネーギン」で舞台音楽の経験も積んでいたチャイコフスキーが、劇音楽ではなく交響曲としてこの戯曲を音楽化した。独特で複雑な経緯を経て誕生した、チャイコフスキー唯一の番号なし交響曲なのだ。

では、そのバイロンの「マンフレッド」がどのような作品かといえば、「ファウスト」との相互影響もあり、また後世には「ツァラトゥストラはかく語りき」にも通じるような、人でありながらその域を超え出ようとする主人公の、滅びのドラマだ。ロマン派の理想とも言えそうな天才が自己投影もしつつ描き出した「失われた愛と超越のドラマ」は、願望が成就しないことを受け入れた後、肉体の死をもって終わる。霊的存在にもひるまず、宗教的改心を進める声にも従わない傲岸不遜な主人公は、その到達した境地によってファウストやツァラトゥストラに、そしてその末期のあり方において「ドン・ジョヴァンニ」にも通じる存在だ。そうそう、バイロンの代表作には「ドン・ジュアン」もあるのだった。彼自身の苛烈で短い生涯が、そうした登場人物たちにも似ている面もあるのだろう。この機会に、先ほど挙げた作品群だけでも読んでみるといいかもしれない。

チャイコフスキーの作品は、四楽章構成にこのドラマを自由に再構成して乗せたものだ。三管編成のオーケストラにオルガンが加わり※、主人公の憂愁とその死を描いているが、その音楽は他の作曲家たちからの影響を感じさせるもので、その点でも彼の作品としては少々毛色の違うところかもしれない。標題音楽の作曲家としてベルリオーズの「幻想交響曲」、主人公像の近さからリストの「ファウスト交響曲」、そしてチャイコフスキーはあまり用いなかったライトモティーフ的描写にはワーグナーの存在もどこか感じられる。演奏される機会の少ない作品だが、成立過程や影響関係からなのか、独自の魅力がここにはある。

※遅まきながら、ではあるが追記しておく。今回演奏される版ではオルガンは用いられないとのこと。マンフレッドの死を救済として描くのではない、悲劇的高揚で終わるいわゆる原典版は、エフゲニー・スヴェトラーノフの演奏でよく知られる、ある意味「別の曲」である。

ユベール・スダーン時代に、東響はサウンドにフレージングに造形にと格段の進歩を遂げた。そこからノット&東響の積み重ねの中で、どこか優等生的でもあったオーケストラはより積極的に表現する、より主体的なオーケストラとして進歩を続けている。かつてのシェフとの共演は、彼らにも私たち聴き手にもその進化の程をわからせてくれることだろう。その機会にこの作品が選ばれた意味は、演奏会場で確かめることにしよう。



コンサートの冒頭に、同じ作品を題材とする序曲を置くのはわかる。では同じシューマンのピアノ協奏曲はなぜ置かれたのか。
4月に放送された「らららクラシック」で上原彩子氏が語っていた「シューマンからクララへの愛」という解釈を採るならば、原作でも描かれない「マンフレッドとアスターティの愛の場面」の補完なのかもしれない。もちろんそうではないかもしれない。これもまた、演奏会場で確かめたいところだ。



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なお、今回のコンサートにはもう一つ、こんな聴きどころもある。妄想は進むけれど、まずは今回の演奏を聴いて、その先の未来を注目したい。


2019年6月11日火曜日

かってに予告篇 ~東京フィルハーモニー交響楽団 第922回サントリー定期シリーズ/第923回オーチャード定期演奏会


2019年6月
  14日(金) 19:00開演 会場:サントリーホール 大ホール
  16日(日) 15:00開演 会場:Bunkamuraオーチャードホール

指揮:沼尻竜典
独唱:ダニエル・ブレンナ(テノール)、中島郁子(メゾ・ソプラノ)
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団

ベートーヴェン:交響曲第六番 ヘ長調 Op.68 「田園」
マーラー:「大地の歌」

ここで曲目に「大地の歌」と書くときに、さてどう(どこまで/どのように)書くべきかと考え始めてしまう私は、きっとマーラーについて自分の言葉でちゃんと書く準備ができていないのです。というか、ハチャトゥリアンの時のようには書けそうな気がしない。
自分の話や考えくらいならいくらでも書けましょうけれど、それでは予告の趣旨に合わないので今回はちょっと方向を変えてみます。

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東京フィルハーモニー交響楽団の演奏会は、ご存知のとおり非常に多岐にわたっている。長年の実績あるオペラやバレエの上演に、近年増えてきたシネマ・コンサートやポピュラー歌手との共演などなど。その幅広さ、公演数の多さは相当のものなのだが、その多彩さはコンサートだけに絞ってみてもあまり変わらない。
…というと、今年の定期演奏会が移行期的短めのシリーズであることを忘れたのか、とお叱りをいただいてしまうかもしれない。だが、会場を変えて月に三度開催される定期演奏会に加えて今年から拡大された「午後のコンサート」シリーズ、提携関係にある会場での演奏会、そして名曲演奏会や特別演奏会、フェスティヴァルなどでの演奏会にオペラやコラボ公演もあるのだから、それらも視野に入れてみるとまた違った絵が見えてくる、と考えるのだ。

たとえば、4月の定期演奏会に登場したアンドレア・バッティストーニの、今シーズンのプログラムを見てみよう。メインに置かれたのは4月にはチャイコフスキー、9月にはホルスト、これだけだと今シーズンの彼のプログラムの方向は見えにくい。もちろん、メイン以外の曲目を拾えば(もしかして最近は英国音楽に興味があるのかな)(古典、バロックへのアプローチを試みるのだろうか?)くらいの試論は立てられよう。
だがシーズン開幕後に発表されていく各地でのコンサートも併せれば(英国音楽やっぱりやる気だ!)(ロシア音楽も、得意曲も演奏してサーヴィスしまくり!)(「春の祭典」以来の20世紀音楽アプローチはこの方向か!)とある程度の確信をもって言うこともできるようになる(どういうことですか?と思われた方はリンク先をご覧ください)。

もちろん、こうしたプログラミングの方向付けが、どこまでが意図でどこからがめぐり合わせからくる偶然なのかは外からはわからない。それでも、ひとつのオーケストラの多彩な活動を聴き手が積極的に読み解いてしまう、こんな楽しみ方をしてもいいと私は思うのだ。では今回のプログラムからはどんな読み取りが可能だと思っているか、といえば…

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ベートーヴェンの交響曲とマーラーの巨大な歌曲(または”交響曲”)、この二曲はどちらだって演奏会のメインになりうる大作だ。この二作をつなぐものはマエストロの言葉を借りれば「自然と生命」だし、私にはその言葉をキーにした、一対の画風の異なる絵画を眺めるような趣があるように思える。たとえばベートーヴェンはある人物の経験を描いた一連の作品に、漢詩に由来するマーラーはそれこそ水墨画、禅画にも近い世界に。もちろん音楽は絵画ではないので、こうも単純に並べてしまうと誤解を生むだけなのだけれど、そんな戯れもたまにはいいだろう。
当時はそれほど流行っていたわけでもない標題音楽によって、日常から離れた田園生活に普遍を見出すベートーヴェン。当時の彼らには異世界にも思えたろう漢詩の世界に思いを寄せて、しかしロマン派の濃厚な表現を駆使して生と死のドラマを描き出すマーラー。気心の知れた仲であるマエストロと東京フィルはこのコントラストの効いたプログラムをどう聴かせてくれるものか、期待して会場に足を運ぶとしよう。

閑話休題。東京フィルハーモニー交響楽団のベートーヴェンといえば、私の手元にはかつてチョン・ミョンフンと録音した全集がある。二つのオーケストラが合併してから間もない時期の、それこそ「統合の象徴」として残された貴重な記録だが、今の充実した東京フィルならばなお、という思いがなくもない。バッティストーニによる「第九」はすでに販売されているが…と、思っていたこのタイミングに新譜情報が届くのもまためぐりあわせだ。



その新譜が、今回取り上げられる第六番と同じ日に初演された第五番というのもなにかの縁だろう…まで言うとこじつけが過ぎるだろうか。
そうそう、沼尻竜典といえばトウキョウ・ミタカ・フィルハーモニアでの古典は演奏の経験も豊富なマエストロだ、今回の「田園」が充実した演奏になることは約束されているようなものだ。

そしてこれまでもこのブログで何度か触れてきたが、東京フィルはマーラーの晩年の作品を2019年に入ってから集中して取り上げてきた。1月にはバッティストーニとの第八番、2月にはちょうどこの前の日曜にNHK FMの「ブラボー!オーケストラ」で第一楽章が放送されたばかりの第九番※、そして今回の「大地の歌」と、なにかの企画でもないのにこれらの作品を一つのオーケストラが集中的に取り上げる機会はそうあるものではない。
私は残念ながら第八番は聴けなかったのだが、チョン・ミョンフンによる第九番は実に充実した、素晴らしい演奏だった(過去記事参照)。多彩な表現の充実が求められるマーラー演奏の充実は、そのままオーケストラの良好な状態を示していると言える(こう断言してしまう私が、マーラーの音楽をこよなく愛していることを差し引いても)。巨大なカンタータの如き第八番、新ウィーン楽派にも限りなく近づいた第九番、その経験を受けて演奏されるのが、巨大な歌曲集であり、声と管弦楽による”交響曲”である「大地の歌」なのだ。作曲者同様にオペラ指揮者としての経験も豊富な沼尻が、この独特な作品の魅力をどのように示してくれるものか。独唱者に寄り添い、ときに室内楽よりも繊細に、また巨大管弦楽の奔流にと幅広い表現が要求されるスコアから東京フィルはどんな響きを導き出すのか。今一度繰り返す、期待して会場に足を運ぶとしよう。

なお。「大地の歌」が歌付きだからよくわからないのでは、と心配になっている方には、The Web Kanzakiさんのマーラー:「大地の歌」の歌詞と音楽がお薦めです。公演会場に辿り着く前に、ぜひご一読を。
あと、いろいろ書きましたが私はこの音楽の美しさだけでも知ってほしいと切に思うので、パブリック・ドメインのこの演奏を貼っておきます。



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最後にもう一つのめぐり合わせの話。この定期公演で演奏される「大地の歌」で、別れの冬にあって再び巡りくる春を思った東京フィルは、約半年後にマーラーの「春」とも言えるだろう交響曲第一番を、若きマエストロと取り上げる
こうして音楽は、人の営みはつながっていく。…こんなとき、適切な漢詩でも引用できたらいいのに、と思ったところで今回の予告はおしまい。ではまた。