こんにちは。千葉です。
読了した本のご紹介。
●「名曲の暗号」
●「楽器の歴史」
出版社は違いますが、著者はどちらも佐伯茂樹さん。トロンボーンを東京藝大で学び、現在の肩書は「古楽器演奏家・音楽評論家 東京ヒストリカルブラス主宰」とありますとおり、管楽器に本当に詳しい人、というイメージで長くその著作や解説に触れてきた佐伯さんの本を、まとめて読むと発見がまた多いのですよ。
まず「名曲の暗号」(2013)から読んだのですが、こちらは副題に「楽譜の裏に隠された真実を暴く」とあるように、楽譜を手がかりにふだんは見逃されがちな作品に内包されたメッセージを読み解くものです。テューバの人だった私には常識であるところの「どうしてドヴォルザークは”新世界より”で、ほんの数小節のためにテューバを用いたのか」であるとか、「ラヴェルはどうしてあんな高域でテューバにソロを書いたのか」などの疑問、少し楽器をやっていれば何かしらあると思うんです。そういう素朴な疑問から、ちょっとした指示に隠された意図を読み解き、作品像を新たにしてくれる一冊なんです。
特にも私はマーラーが大好きなので、本書で佐伯さんが本職のトロンボーンにまつわる興味深い話を示してくれることが実に示唆的に思えてなりません。直接には第二章、「名曲に隠された死の概念を知ろう」が、マーラーのオーケストレーションを読む上で実に示唆的なんです。そもそもが教会の楽器として長く用いられてきたトロンボーンによるアンサンブルは、それ自体が「エクワーレ」として死と結びついたものなんです。
作品の中でトロンボーン・アンサンブルが印象的な活躍をするマーラーの曲、と言った時思い出す曲はありませんか皆さん。そう、私事になりますが先日上岡&新日本フィルの公開リハーサルを拝見し、音楽大学フェスティバル・オーケストラの演奏を聴き、そして昨晩パーヴォ&N響の演奏が放送されたばかりの交響曲第六番ですよ。その終楽章の楽器法は実に明確にトロンボーンの含意を活用したものになっているんです。英雄的なホルンに対して死を告げるトロンボーン(とテューバ)、そこからさらに踏み込んでトランペットを黙示録的戦いを告げるものと意味づけてみてもいいかもしれない。
とかですね、私をしてこのような妄想に駆り立てる面白い情報がこれでもか、と掲載されているんです。「エクワーレ」からブラームスの第二番がその曲調とは違う性格を秘めている、とか「魔笛」序曲は前半と後半で描く世界が違う、とかどうです、面白くないですか?
…面白そうに思っていただけないとしたらそれは私の伝え方がいけないせいです、こういう話に興味のある方が読んでつまらないはずのない一冊なんです「名曲の暗号」。ただし、あとがきで佐伯さんも書かれていますが基本的に管楽器を切り口としていますので、弦楽器について解釈の切り口を求める方には物足りないかもしれない、また管楽器について最低限の知識がないと読みにくいかもしれない。というお断りは私からもしておきます。
そしてもう一冊、「楽器の歴史」(2008)は”カラー図解”と銘打たれているとおり豊富な写真で楽器の歴史、変遷を教えてくれます。特に興味深いのは第2章「この時代はこんな楽器で演奏していた」と題された章、ここではバッハ、ベートーヴェン、ワーグナー、ラヴェルの時代とウィーン・フィル特有の楽器をアンサンブル単位にまとめて紹介することで、いわゆるピリオド楽器アンサンブルの編成を教えてくれるのです。すっごく私得!(笑)
なにせ「古楽器」とかいう雑な言い回しでくくられる「作曲された時代の楽器、奏法で演奏する」アプローチはもはやWWI頃まで来ていますから、その言葉に内包されるものもあまりにも多くなってしまっている。バッハの時代の楽器でワーグナーを演奏することは面白い音を導けたとしてもそれは遊びの範疇を出られない。たとえばベートーヴェンとブラームスの違いを捉えるときに、フランス革命前後の奏法の変化を想定しなければあまり意味がない。などなど、同時代アプローチをする際に踏まえておくべき事柄は実に多いのです。もちろん、普通の意味での”歴史”も含めて。いわゆる古楽器演奏について最も重要な「どんな楽器で演奏されたのか」について、これだけコンパクトで視覚的に理解できる本はなかなかありません。アーノンクールの著作を読むのもいいけれど(いや読んでおくべきだと思うけれど)、アンサンブルのイメージを視覚的に持つことは意味があると思います。
こういう動画もいいですね。ありがたいありがたい。
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ちなみに楽器の変遷についての本はいろいろとありますので、気になった本目についた本を手に取られればそれぞれに面白い話に出会えると思いますが、私が最近知って得心したのは「絵画に書かれてきた楽器は、当時のそれをそのまま描出したものだった」という話です。天使のラッパがスライドトランペットだったり、ヘンテコな形の弦楽器に見えていたものが当時実在した特徴的な楽器だったりする、というエピソードは何で読んだのだったかな…
歴史を知るとよりクラシック音楽は面白いっすよ、とか偉そうなことを申し上げるガラでもございませんが、ここで紹介した二冊は間違いなくクラシック音楽を違う角度から見せてくれることでしょう。なお、かつてテューバを吹いていた私は「フレンチテューバとチンバッソ吹いてみたい」と思い、現在遊びでトランペットを吹く私は「長管トランペットでマーラーさらってみたい」、とか思った次第です。
では今日はこんなところです。ごきげんよう。
※追記。「名曲の暗号」で紹介されている、ラヴェルによる自作自演のボレロ、これは確かにいろいろ考えなきゃいかんですわ。トロンボーンソロ、この時点で”ジャズ風”の演奏をどうしたらいいのか本当に苦労されてます。
(これを踏まえると、ラトル&CBSOの録音の意味がわかる、ような気がしてきました)
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