2020年3月8日日曜日

かってに予告編 ~ミューザ川崎シンフォニーホール&東京交響楽団 名曲全集第155回 Live from Muza!

3月に入り、政府からの「要請」を受けてクラシック音楽の公演は激減している。そんな中で、東京交響楽団と本拠地のミューザ川崎シンフォニーホールが興味深い試みを発表した。コンサートとしては開催を中止した、ミューザ川崎シンフォニーホール主催の「名曲全集(3/8)」「モーツァルトマチネ(3/14)」の二公演を、ニコニコ生放送で無観客演奏ライヴ配信&レコーディング・CD発売する、というのである。
以前から東響は自主公演の配信「TSO Music & Video Subscription」を実施していること、ノット監督との録音の縁でオクタヴィアレコードとの連携がスムースなことなど、いろいろの要素があるとは思うのだが、今回のような危急の時にニコニコ生放送での無観客演奏配信に踏み切るとは。この苦難を来場を予定していた従来のファン以外の層にも東響の、ミューザの音が届く機会に転じてみせたことに、拍手を送るしかないのである。

そしてこれは私事ですが、おかげさまで事前から少しずつ書き溜めておいたメモをまとめてお出しできる機会を得たわけで、例によって「かってに予告編」をお送りしたい。ささやかながら予習のお供に、復習のよすがにご利用いただけましたら幸いこの上なく。
なお、公式の「予告」は曲目解説を含めてミューザ川崎シンフォニーホールのブログに掲載されています。野良の予告(笑)が信用ならないとお考えの向きにはリンク先をご覧いただけましたら。


●無観客ライブ無料配信 「東京交響楽団 Live from Muza!」 ミューザ川崎シンフォニーホール&東京交響楽団「名曲全集第155回」

2020年3月8日(日) 14:00開演 会場:ミューザ川崎シンフォニーホール

指揮:大友直人
ピアノ:黒沼香恋(ミューザ・ソリスト・オーディション2017 合格者)
オルガン:大木麻理(ミューザ川崎シンフォニーホール オルガニスト)
管弦楽:東京交響楽団

ドビュッシー:牧神の午後への前奏曲(1894)
ラヴェル:ピアノ協奏曲 ト長調(1931)
サン=サーンス:交響曲第三番 ハ短調 Op.78 「オルガン付き」(1886)

ご覧のとおりのフランス近代音楽によるプログラムである。いわゆる印象派の元祖ともいわれる小品、そしてWWIを生きのびた作曲家による美しい協奏曲、ホール自慢のオルガンが効果的に活躍する”印象派以前”の堂々たる交響曲と、”フランス音楽”とくくられる作品群の幅広さを端的に示す好選曲だ。

冒頭で演奏されるドビュッシーの「牧神の午後への前奏曲」は、少しでも近現代のクラシック音楽に興味を持って書物に当たるなら、必ず大文字で記されている作品だ。しかしこの曲は演奏時間わずか十数分のもの、なにゆえそこまで特別扱いされるのか…といえば、それこそ本一冊と言わずなにかの書物の一章を読んでいただくのがいいのだけれど、それより何よりまず音を聴いてみるのがよろしかろう、と思う次第。



続いて演奏されるのは、ラヴェルが晩年に取り組んだピアノ協奏曲のうち、いわゆる”両手”、ト長調の協奏曲だ。ジャズ風の曲調、美しい旋律が印象的な第二楽章など魅力に溢れた作品だが、映像で見てみるとそのにぎやかさに対してあまりに小さい編成に驚かされる。なるほど、これは第一次世界大戦あとの、厳しい時代に生まれた美しい音楽だったのである。
(この曲は割と動画があったけれど、ちょっと貼りにくいこれをあえて用意しておきたい。トリッキィで仕掛けが多すぎるこの曲で、こんなことができるなんて。いつ視聴しても感嘆してしまう演奏です)

最後に演奏される交響曲を聴くことで、もしかするとドビュッシーがもたらした変革がより理解できるかもしれない。サン=サーンスという多彩な才能が全盛期に残したこの作品は「19世紀には革新的、20世紀には保守的」とみなされてきた、なかなか複雑な歴史を持っている。それでも20世紀には主にオーディオ方面での人気が高く、長きに渡って人気作として愛されているサン=サーンスの代表作の一つだ。管弦楽にオルガンが加わったときの表現力は、体験してみないとわからないところがあり、体験してしまえばこれは間違いなく「名曲」だと言うしかないのである。
オーディオ側からのアプローチが多かったこの曲は名録音で楽しむのもいいのだが、ミューザ川崎シンフォニーホールのように素晴らしいオルガンを持つ音響の良いホールで演奏されるなら最高の経験になる。実演では会場の空間を圧倒する大音響のみならず、背景として場面を支え存在感を示したり、とオルガンをよく理解した作曲家が凝らした技の数々がどこまでも感じ取ることができるけれど、さて今回の配信ではどこまで聴き取れるだろうか?



せっかくの配信イヴェントなので、動画増量でお送りしています(笑)。冗談はさておき、クラシック音楽はいま「聴こうと思うなら割と聴くことができる」状態にあるのです、とお伝えしたい気持ちもありました。

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2011年の大震災の際に、ミューザ川崎シンフォニーホールは大きな被害を受けてしばしの休館を余儀なくされ、ホールはほとんどのイヴェントが開催できず、東京交響楽団は本拠地での演奏ができない事態に追い込まれた。しかしそのとき「音楽のまち かわさき」を体現する存在として市内各地での演奏を充実させることで、災いを好機に変えるよう全力を尽くしてくれた。今回の”災害”はまた違った性格の、なんとも厄介なものではあるのだが、それをも音楽で乗り越えようとしてくれることには、一音楽ファンとしてお礼申し上げたい。そしてこのホールに足繁く通う川崎市民として、全世界の皆様に「どーですかミューザ川崎シンフォニーホール!どーですか東京交響楽団!」と、この機会にアピールしてあげたい。
なお、今回の危機を受けて東京交響楽団は素早くもこの発表の前にYouTubeで「第675回定期演奏会」を配信をしていた。バークリーの有名なテーゼを引くのも野暮というものだけれど、オーケストラは存在するだけで意味があるのではない、その音を誰かに届ける存在なのである。今回の発表を受けて、そう感じたことを思い出した。私はその音を聴き届けたい、そう願う者である。


なお、この定期の予告はこちら。ご参考まで。

最後にひとつ。残念なことだが、当初発表のプログラムで予定されていたリリ・ブーランジェ作曲「春の朝」は著作権の都合により演奏されない。この名曲で編まれたフランス音楽プログラムに、知られざる早逝の女性作曲家の最後の作品を入れるあたりが「実に大友直人らしい選曲」と感じていたものだから、このカットは惜しい。このプログラムではドビュッシーのあとの、ラヴェルの前の時代の作品として再発見される機会となったことだろうに、と。



だがしかし、それも今回の”コンサート”開催の中では瑕瑾にすぎない。この知られざる作品が再度取り上げられる機会を信じて待つとしよう。

(追記)
終演後の東京交響楽団からのリリースによれば視聴者数は約10万人に及んだとのこと。私も視聴していたが、「無料じゃ申し訳ないから課金させてくれ」といったコメントが多かったことには、なにかのヒントがあったように感じた。詳しくは後日、次回の予告でまた言及します。

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