2013年12月2日月曜日

予告がてら

こんにちは。千葉です。

向こうのブログの再起動もしないといけないのだけれど(いま沈黙していることである一定の層の人達を安心させてあげるつもりは、ありません)。今日はさらっとこっちの新ネタの予告がてら映画を貼っておきます。「このタイミングにこれかよ!」と思われるような意図はございません!(どこかのヨザクラカルテットCM的な意味で)

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セルゲイ・エイゼンシュテイン監督の映画「戦艦ポチョムキン」(1925)です。さすがはパブリック・ドメイン、こうして気楽にフルサイズで見られるのはありがたいことであります。

と言ってももちろん気楽な内容ではありませんで。日露戦争の倦怠を背景に起きる反乱とその勝利(の予感)の物語、かつては映画史上最高の作品とも評された傑作も冷戦の後にはその政治性がおそらくは評価を分けてしまうのでしょうし(なによりこの作品が示した映画的手法はあまりに多くの影響を与えてしまったからいま初めて見てもそこに驚きはない、かも知れない。千葉はそうではなかったのだけれど)、千葉のようなショスタコーヴィチ者にはつけられた音楽が気になってしかたがないかもしれない(笑)。

トーキー以前の映画ですから、それこそ若きショスタコーヴィチがそうであったように映画館で楽士がそれっぽい音楽をつけて上映されていたもので、そこに音楽を後からつけることにどれほどの意味があるかはおくとして(このように他人の作品を後世がいじり回す場合は特に)、この映画は千葉にとっては大事なものだし、この作品にショスタコーヴィチの交響曲が切り貼りされていることの意味にも少しばかり興味がある。

とはいえその「読み」を示す前にまず、どの曲がどこで使われているかを確認したいなって思うんですよ、私。そんなわけで近日、ここにリンクを貼った1976年版(後述)のサウンドトラックについて少しばかりまとめます。

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なお、パブリック・ドメインではあるけれど手元にディスクで持っていたい方には以下のもろもろがよろしいかと。




ショスタコーヴィチのポプリが楽しめる1976年版はいろいろなものが出てますが、せっかくなので淀川長治先生の解説付きのやつを(それなしでいいならそれこそYouTube、Movie Archiveでいいですよね)。

エイゼンシュテイン生前につけられたエトムント・マイゼルの音楽を復元したものは一見の価値があります。詳しくはあとで書きますけど、映画の印象がかなり変わりますよ。ちなみにこの音楽を使ってYouTubeで配信している人がいるんだけど、それって演奏のほうで問題あるんじゃないかなあ…(2005年のはずだし)
ちょっとだけ、著作権的に問題のない形で見てみたい方はちょっと見にくい、音がオフ気味だというのを踏まえてリンク先で見ていただくのは如何でしょう。シカゴでの上映会の記録、完全ライヴですねこれ。

最後に一つ、自分でもまだどう映画に合わせればいいのかよくわかっていないのがペット・ショップ・ボーイズが2005年にリリースした彼らによるオリジナル・サウンドトラック。時間的にはそのまま合わせられそうだから、あまり考えないで同期させればいいのかなあ…
いちおうここにオデッサの例の場面で同期させてるものを貼っておきますね。これまたかなり、印象が変わります…(ショスタコーヴィチのはあれだし、マイゼルのはああだし…)


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にしてもあれですね、この映画を見ると如何にデモ行進が悪であるかがよくわかりますね!権力に手向かう輩にかける厚情などない、断じて!

…こうですかね、よくわかんないや!(笑)

ともあれ以上短くならなかった予告編でした。ではまた。

【追記】

 

こんなのもあるんですね、まさかの「アンダルシアの犬」とのカップリング(笑)。

2013年12月1日日曜日

現代の「走る実験室」になる、かも!

こんにちは。千葉です。

さて通常モードっぽく書きますよ、さらっとね!(笑)

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◆テレビ朝日がフォーミュラEを全戦生中継 (AUTOSPORT Web)

「フォーミュラE」、ってのは耳慣れない単語ですがそれもそのはず、2014年9月からFIAの世界選手権がはじまる新しいレースです。公式サイト(英語)にリンクしておきますね。

モータスポーツ好きなら否応なく感じているだろうF1の行き詰まり感というかなんというか、見ている人ならば思うところもあるのではないでしょうか、多かれ少なかれ。もちろん、一定のレギュレーションの中で最適化に努めていく中でより「正解」に近いところが強いのはあたりまえのこと、そのためにより多くのリソースを使えるところが強いのも、そういうところにいる力あるドライヴァが勝つのも当然の帰結としか言いようがない。変数は「エンジンにシャシーのメカニズム、空気力学、タイヤについての」などなど、ある程度まではわかっている※、わけで。その帰結がチーム間格差の固定(この数年の下位チームの存在感の薄さ、危険な領域に来ていると思います)、

※概論と現実への落とし込みとの間にある隔絶については大づかみな話だからここではスルーします。たとえばエイドリアン・ニューイとほかのデザイナの違い、要素の解析だけで説明できるものでもありますまいし。

でもその当然のなりゆきが否応なくもたらす行き詰まり。FIAの側もその問題は認識している、だから定期的にレギュレーションを変えて戦力状況を変えようと試みる、わけで。まあ、まさかその行き詰まりを打破するのに微妙なライフのタイヤを求めるとは予想外でしたが…

それに対して。電気自動車によるレーシングには未知数の部分がある。いや、もしかすると先ほど挙げた要素のうち「エンジン」にあたる、いわゆるパワープラントの部分だけ、かもはしれないけれど(笑)。日常的なモビリティの水準では原発の事故以降扱いが微妙になってきた感も否めない電気自動車だけれど、その電力生成技術次第ではまだいける、かもしれないし。

…あの事故の直後にたしか、「ネックになるのは蓄電技術」云々書いたような気がするのだけれど、我が国は「そのネックで開発を進めてアドヴァンテージを掴んでしまえば」どうのこうの、とは考えないところのようですね。国の誇る先進的な技術ってなんなのかしら。

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余談はまあいいや、ともあれ、これからはじまるフォーミュラE、転戦するサーキットにマシンのイメージ(公式サイトで車両の写真はありますが、さすがに実車が出ているわけではないでしょう、だってレースなのだもの)、参加を決めたいくつかのチームしか、今はまだわかりません。
走ってみたら重そうで遅くてつまらないかもしれない、もしかするとモータ駆動特有の挙動が意外な見え方を演出してくれるかもしれない。その限定された未知数故に、過剰にも過少にも期待はできるのだけれど、千葉はあえて過剰に期待したいところです。F1から一般的な自動車、さらにその他のもの多くに用いられる内燃機関は優れたもので長年の積み重ねもある、でもそれ以外のオプションを探ることには意味がある、と思いますし。

だってだって。なんでもマーク・プレストンからの声がかりでSUPER AGURIが復活するそうですし!F1参戦していた当時、彼らをほんとうに応援していた者のひとりとしてこの流れだけでも相当にこみ上げるものがあるのだけれど、さらにフォーミュラEの開発ドライヴァのひとりに佐藤琢磨が選ばれたと来てはもう!なんですかこの夢の転生は。

その新しい夢を見せてくれそうなカテゴリがきちんとテレビ中継されることになる、という今回の発表は、それはとってもうれしいなって(再放送でまた何かの熱が戻っている)。テレビ朝日のモータスポーツと言ったらその昔F1に出会う前の千葉にル・マン24時間耐久レースを生放送で見せてくれた大恩あるものですから、今度のこれもまた別の誰かの、何かへの出会いにつながっていくものになったらそれはまたそれで嬉しいことですし。

2014年9月まで、ぼんやりと期待しよう!とあまり大きくは煽らずに(笑)ひとまずはこれにて。ではまた。

2013年11月27日水曜日

いろいろお知らせ

こんにちは。千葉です。

このたび諸般の事情により、こちらのブログをご覧のとおりに改題し、当初予定したクラシック専門のブロクではなく、かつてアメブロのほうがそうであったような雑多な内容のブログに変更いたします。誠にかってな変更ではございますがご容赦くださいませ。

残念ながら、現在の千葉にはクラシック音楽をメインにしたブログは維持できません。コンサートにも行けないし、気になる新譜だってすぐには買えない。ええ、恥ずかしながら主に経済的状況からの撤退です。そうですね、プレイングマネージャー的にいえば「俺戦力外」です。残念。

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そもそもの「はい、クラシックを聴いてます」は某社の業務ブログとして始まり、その際にはその立ち位置故にいろいろとできることもありました。意図のうちいくらかでもお役に立てたならよかったと今は思うのみ。
またその後個人ブログへと立ち位置が変わっても、自分の修行がてらマーラーの交響曲を毎日のように聴いていく荒行(笑)やら未知の作品への挑戦などいろいろなことができました。
でも正直な話、いまはそれらを同じクオリティや頻度で行うことはできません、ほんとうに残念ですが。ええ、更新頻度が落ち始めた頃からずっとそうだったんです、ただそれを、自分が認められなかっただけで。

先日のラトル&ベルリン・フィルの来日公演にまったく手も足も出ず(現実のこととしてチケット入手を考えることさえできませんでした)、いざ彼らが来日してからTwitterでの皆さんの感想を見るだけの数日間で、今の自分がかつての任にないことを骨身にしみて痛感したことで、ようやく決心できました。これ以上、質量どちらの面から見ても、もう「クラシック音楽のブログ」と自分が見なせるものを続けることはできません。

もちろん、「放送が許容できないから」と言及しなくなったF1のように、また采配もチームの運用も評価できないから選手に怪我のないことを祈りつつ試合さえ見なくなった名古屋の野球チームのように、意志的にクラシック音楽にまったく言及しないわけではないのですが(動画とか放送の話は増えるでしょうし、ラトル&ベルリン・フィルの新譜紹介はファンの義務としてしていきたい)、変わってしまったブログにもうタイトルに「クラシック」とは入れられない。残念です、数少ない「とりえ」を自分から手放すしかないことが。

そんな理由ですから、もちろん向こうも改題します。また過去記事は、いちおうはクラシックにも言及するこちらに少しずつにはなりますが、順次再掲します(向こうはブログそのものが追い出されなければ過去記事はオリジナルのアーカイヴとして残しますし、新しい方針に基づいて更新もします)。

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ここしばらくこの決断ができなかったが故の迷い、そしてそこから来ていた絶句状態はこれで断ち切れるものと思いたいところです、せめて。絶句していられない、というかそれが一番危険な時が来てしまっているように思いますし(でもそういう話は向こうでやります、あえて)。

そんなわけで、ここは本日以降千葉の趣味方面のブログとして運用してまいります。憲法が怪しいいま、最低限の文化的な生活がどこまで維持できるかはわかりませんけど(笑)、これがせいいっぱい、ということになりそうです。

なお。更新頻度はまったく保証できないのでこのような題にさせていただきました(笑)。こんなブログになりますが、以後もおつきあいいただけるようなら幸いですしこれからの方におかれましてはお手すきの際にでもご笑覧いただけましたら幸いです。

千葉さとし

2013年11月10日日曜日

11月は二回だけ

こんにちは。千葉です。

毎月恒例のアレ、未確認情報を気にしていたら放送日になっちゃってました。すみません、あわてて簡単にまとめますね!

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そんなわけでもはや公共放送の唯一の存在意義かもしれない(先日の委員人事を見るに、この意義すらもはや風前かもしれない。文化行政の財源にカジノを、とか平気でいう内閣なので。)プレミアムシアターの予定です。今晩と24日、今月は2回しかありません。…っていうか、なにか良さげな情報がTwitterでは散見されたのだけれど、いつまで待っても公式がアップしないから時宜を逸したのよ、いやだわもう(その言い訳はちょっとムリ)。

●11月11日(月)【11月10日(日)深夜】午前0時20分~午前4時20分

・ティーレマン&ドレスデン国立管弦楽団 ブラームス・ツィクルス第4弾 【5.1chサラウンド】
・ティーレマン&ドレスデン国立管弦楽団 ブラームス・ツィクルス第2弾 【5.1chサラウンド】

7月に第1弾、第3弾が放送されていた(再放送含む)ティーレマン&ドレスデン国立管弦楽団によるブラームス・ツィクルス、今回で完結です。ああ、今来日してるんですよねティーレマン。元気にしてるかなあ(完全に他人事←とてもチケットを贖えない現実からの逃避なのでスルーしてくださいね!)

ヴァイオリン協奏曲と交響曲第四番は本拠地での、交響曲第三、第一番は2012年NHK音楽祭での収録によるものです(後者は既にご覧の方も多いでしょうね、なんなら会場に行かれた方も)。ヴァイオリン協奏曲のソリストは リサ・バティアシュヴィリです。録音もしてる顔合わせなので安心ですね!(まだ何かから逃げてる)




●11月25日(月)【11月24日(日)深夜】午前0時50分~午前4時

・東京二期会公演 歌劇『ホフマン物語』  【5.1chサラウンド】

こちらは今年8月3日に新国立劇場オペラパレスで上演されたオッフェンバックの代表作「ホフマン物語」。Twitterで見た感想はミシェル・プラッソンの指揮を中心になかなかポジティヴだったように記憶しておりますがはたして。

(ホフマン物語の話、できてないのは気にしているのですが、如何せん手が回らない。平身低頭。)

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これだけだったらすぐにもまとめられたんですよ、ええ。あのですね、某音楽祭のオペラが放送されるとかそういう情報を見かけたのですがソースがなくてけっきょくここには入れ込めませんでした。情報が遅くてすみません…(もちろん、ソースを見つけ次第更新しますよ)

以上ハードディスクを開けながらの更新でした。そうそう、今晩のEテレ、クラシック音楽館はチョン・ミョンフン指揮フランス国立放送フィルですよ~(それも相当遅い情報だ)。ごきげんよう~

2013年10月23日水曜日

今からでもショルティを見直したい(ぼんやりな見解だ

こんにちは。千葉です。

…無沙汰のお詫びももうネタがありません。こういうペースだとあきらめてください(一番あきらめてるのは千葉なのですが…)。ひとつだけ申しますなら、いわゆる「芸術の秋」なんて大っ嫌いだ、ということでしょうか…(あと千葉をして失語に陥らせる昨今の状況。これはあっちに書かなくちゃ…気が重いです、率直に申しまして)

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さて気分を変えていきましょ。一昨日の夜に知ったので記事にするのが遅くなりました。10月21日はサー・ゲオルグ・ショルティのお誕生日であるとか。1912年生まれだから101年目、ですね!(なにか時宜を逃している感が酷いので勢いだけ出してみた)旧館の方でさんざんマーラーを聴きまくった時期に(2010年のことだから、もう自分の中では昔話感があります)、その昔の偏見を改めて今では率直に尊敬するマエストロのお一人となっております。

なお、その「偏見」についてはまた別途、吹奏楽出身者にはいろいろとあるんですよ。いま考えればそういう偏見を垂れ流す方の見識にこそ問題があるのだけれど。そういう偏見を疑えない弱い自分の知性に問題があったのだけれど。
幼かった時期は仕方がないかもしれない、でも問題に気づいたのならそれは拭うべき、だろうきっと。いくつかの要素だけ先行して挙げておくならば、オペラ指揮者としてのショルティ認識、そしてその造形性というターム、でしょうか。なにが縦線だけ揃えたパワー重視の演奏だよったく。

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そんな記念日に、最近入手した彼の録音の中でも一番のお気に入りの盤を、長すぎて全曲は無理だけど第三幕だけ、聴いてみました。




右のボックスにはウィーンフィルとの旧盤ほか、誉れある名盤の数々が収められております。でもここで言及するのは左のほう、シカゴ交響楽団との「ニュルンベルクのマイスタージンガー」(以下マイスタージンガー)新盤です。すこし前に図書館で借りて聴いて、「あれこれとてもいい演奏だと思うのだけれど」と気にしていたものなのです。かなりのお値打ち価格のタイミングで入手できて、ほんっとよかったですよ。にやにや。

このマイスタージンガー新盤のブックレットにはショルティ自身のコメントが載せられているのですが、これだけでこの盤の紹介になるような文章だと思うのですよ、輸入盤を買ったから国内盤のことはわからないし、もちろん英語なので、拙訳で大意というかいいなあと思ったところを書き出しますと。

・二度録音したワーグナーの全曲はマイスタージンガーだけ、ということになる
・ふとラジオから流れてきたマイスタージンガー、その序盤のポーグナーの歌に心動かされた、美しい音楽であるなと再認識。
・モーツァルトやヴェルディの経験を踏まえて、ワーグナー作品へのアプローチは変わった。いまいちど立ち返ったこの作品は「対話による作品」なのだな、と感じる。もっと軽く、室内楽的でもある。
・コンサート上演の利点はその明晰なサウンドにある。もちろん、シカゴの強力なメンバーの能力も素晴らしい
・つまるところ、自分はかつての演奏、録音から数十年の時を経てまたこのオペラに恋をしたのだ

などなど。分量としてはブックレットの1ページでしかないけれど、熱いマエストロの思いが伝わる文章ではないかと。

個人的にですね、ノリントン&LCPの前奏曲を聴いて以来こういう演奏を待っていた、と思える演奏なのです、これ。もちろん強力なオーケストラのサウンドは同時代アプローチのロンドン・クラシカル・プレイヤーズにはない、だからノリントンの盤から千葉がイメージしたものと同じではない(モダンオーケストラのサウンドというのはあれですね、ずっしりどっしりした肉料理になぞらえるべきものなのかもしれませぬ。ちなみにいわゆる古楽器演奏はうまく空気を含ませたパイ料理とか、近いような。ここで詳しく説明はしません、わかる方だけわかってください←誰にも伝わらないフラグ)。かつて新国立劇場でシュテファン・アントン・レックの指揮で聴くことができた軽やかなマイスタージンガーはイメージに近かったような気もする、でも検証のしようもないしリプレイもできない、それに上演が2005年のことではもう記憶もあまり信用できない…(新国立劇場はアーカイヴを作る義務があるのではないかしら、国立の施設なのだから。ダイジェストじゃなくてさ)。

そんなヴァルターの推敲前のマイスターリート以上にぼんやりとした(何様だ)千葉の渇望を、ある程度まで音にしてくれているのがこの盤だなと、聴き直してしみじみと思うのです。おなじみのいささかも緩まない引き締まったテンポ、対話を重視した歌、作品の民衆的な性格に十分配慮したカジュアルなにぎやかさ。「トリスタンとイゾルデ」の悲劇と対になる喜劇として構想された作品を、そのめんどくさい歴史やら過剰な浪漫性を削いで本来性に立ち戻らせた一枚では、と評価する次第、なのです。ショルティ最晩年の大仕事のひとつ、という以上の価値を見出しうると思うんだけど、あまり評判を聞きませんなあ…いちおうレコード・アカデミー賞を取ってはいるけど受賞が没年のことだから功労賞感が否めないとかあの賞自体が以下自重。

ああ、別に「もっと評価しろよ!世間!」とか喧嘩を売りたいんじゃないんです、ただ素朴に、「これを聴かないなんてもったいない!」と申しておるのです。これはあまりに素朴な気持ちですので、彼のお誕生日にでも関連付けないとちょっと人前に出せなかった、という、それだけの話で(笑)。

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最晩年にはメジャーレーベル最後の砦のような扱いになって、それまでほどは低められなくなったように思うけれど、正直に申し上げてサー・ゲオルグ・ショルティがその仕事に見合った評価をされているとはどうも、思えないのです。いや、彼にかぎらず合衆国で活躍した、そして来日公演などでその演奏に触れられたはずのマエストロたちへの敬意が、妙に薄いと申しましょうか。オーマンディもそう、レヴァインもそう、もしかすると、小澤征爾についても同じことが言える、かも。
その大きいお題については最初の「偏見」ともどもおいおい考えますので、いまは指摘のみにとどめます。あ、もし考えたい方がいらしたらぜひ、さっさとまとめてくださってもけっこうですのよ!(投げるな)

大きすぎるお題に手をこまねいて筆が止まらぬよう、日々精進したく存じます。近いうちに再見できますようお祈り申しあげつつ今日はこれにて。では。



本文中でさらっと挙げたノリントン&LCPのワーグナー(&ブルックナー)、彼らの数多くの録音の中でももっと注目されるべき一枚であるように思えるのですが如何かしら。それこそ例えばショルティ&CSOなどと比較すればモダンオーケストラと「作曲された当時の」オーケストラの音響の違いがこの上なくはっきりとわかるのですが。

2013年9月27日金曜日

10月はきまぐれ(そうなのか?

こんにちは。千葉です。

更新の最初でご無沙汰をお詫びするのがお決まりになるのは情けないところですけれど、向こうのブログに書きましたとおり、最近はいささか失語気味です故ご容赦のほど…そろそろ、いろいろな意味で吹っ切ろうと考えています、衣替えとかそういう時宜を利用してでも。


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さて毎度おなじみ公共放送の看板番組(より広く見られうるにせよ、断じてそれはクラシック音楽館ではない、何故ならラインナップの格が軽く一個二個違うので)、プレミアムシアターの10月予定のご紹介です。

●10月14日(月)【10月13日(日)深夜】午前0時~午前4時

・佐渡裕指揮 パリ管弦楽団演奏会(2013年6月5日)

イベール:ディヴェルティメント
ラフマニノフ:パガニーニの主題による狂詩曲 作品43
  ピアノ独奏:ボリス・ベレゾフスキー
ヴェルディ:
  歌劇「ルイザ・ミラー」序曲
  歌劇「ナブッコ」から 行け、わが思いよ、金色の翼に乗って ほか

秋の佐渡裕ナイト(いま適当に命名)、前半は彼が定期的に客演しているパリ管弦楽団との今年の公演ですね。これは11月の来日に合わせたのかな?(指揮者違うけど。できればそっちがゲフンゲフン以下自重)
にしても、えっと、これは後半はわかるけど(わからないとさすがにまずい)、前半の選曲意図は何かなあ…ま、あれこれ考えず虚心に聴けばわかるのだと信じましょう(笑)。




・佐渡裕指揮 ベルリン・フィル定期デビューコンサート(2011年5月20、21日)

佐渡裕ナイト後半のこれは再放送、もうソフト化もされてますからご存じの方も多い演奏では。
無礼を承知で、記憶を呼び起こして大ざっぱな印象を書きますなら、よくも悪くもオケが開放されすぎちゃってるような…
(客演ゆえの不利というのは考慮しても、いささか手綱を放してしまいすぎ、とでも言いましょうか。特にショスタコーヴィチのあのフィナーレは、どうなんだろう)



●10月21日(月)【10月20日(日)深夜】午前0時~午前4時

・新国立劇場公演 『コシ・ファン・トゥッテ』

「国立」の名を冠している以上、新国立劇場の義務なんじゃないのかなあ、全上演の映像記録を残すこと(すべての公演ではなく、演目ごとの記録ね。演出の記録でもあるし)。可能であれば配信/発信もしていかないといけない立ち位置なんじゃないのかなあ…



こういうのを出すのもいいんですけど、ねえ。まあ、伝統文化のジャンルでも行われていないのだろう、このお国のアーカイヴ意識の薄さに対する文句はさておき、こういう放送そのものはありがたいので期待して待ちます、上演当時けっこう評判も悪くなかったように記憶してますし。パオロ・ファナーレのフェルランドが名を挙げてほめられていた、んだったかな…

「コジ・ファン・トゥッテ」はいわゆるダ・ポンテオペラの中でもわかりやすい話ですし※(不道徳とか、いま現在の水準では言えないんじゃないかなあ。最高に悪趣味(笑)なのは否定しないけど)、オペラに不慣れな方も楽しめると思いますよ、ツッコミを入れながらでもいいからぜひ、と申し上げておきます。

※「フィガロの結婚」は入れ替わりネタが多くて上手く見せるのが難しい、「ドン・ジョヴァンニ」は、個人的にも思い入れがあるのでそれなりの上演だと…と思ってしまうので、入門には登場人物の少ないこれを、知名度を無視してあえてオススメしたいところです

ミキエレット演出は「キャンピング・コジ」等と言われた現代を舞台にしたもの、さてどうなっておりますやら。好演でありますことを期待します。>参考:新国立劇場の上演当時のサイト


なお、新国立劇場の新シーズンは10月3日、新制作の「リゴレット」で開幕です


●10月28日(月)【10月27日(日)深夜】午前0時~午前4時

・ミラノ・スカラ座日本公演 歌劇『リゴレット』

ああもうありがたいことです、つい最近の来日公演が一ヶ月ちょっとで放送です。ミラノ・スカラ座来日公演の中からヴェルディの歌劇「リゴレット」、来日公演の初日、9月9日の公演ですね。「レオ・ヌッチ祭り」だったような評判を聞きましたが、さてどんなもんでしょう。この前のザルツブルク音楽祭※での演奏ともども、若きマエストロの現在を知る機会ともなりましょう。

※ほんとうは演劇との二本立てだから「音楽祭」はちょっと内容と合わないのだけれど、という認識がありつつ一般的な表記に従ってます。これ豆知識ね!

なお、来日公演の公式サイトで舞台写真を見る限りでは、読み替えなしの真っ正面からのイタリア・オペラである模様、これも入門にはいいんじゃないかなあ、これまた登場人物が不道徳だけど(主にマントヴァ公が)。重唱ってものが如何に劇的でありうるか、千葉に教えてくれたのはこの作品、超有名「La donna é mobile」で始まるあれのあと、嵐の中の四重唱がねえ(しみじみ)。



これはムーティ時代の盤、あれ変だな新譜だった頃の記憶があるのになぜか録音年代がもう20年くらい前になっちゃってるよ変だなあ(何かからの逃避)。

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ううん、10月はちょっと焦点がないというか、よく言えばバラエティ豊かな演目が並んでいる、というか。まずは見ればよかろうなのだ、と思っておくことにします。その前に録画だけしてある数多くの番組を消化したいところだけれど(言えない、まだ「パーフェクトアメリカン」を見ていないなんて)。

では本日は簡単なご紹介のみ、ごきげんよう。

2013年9月2日月曜日

音楽はこれから、というのが申し訳なく…

こんにちは。千葉です。

先日発表された某アイーダの件、中止を受けてなにか書くべきかどうか迷っています。とりあえず、あのう、隣国の企業が「ビジネスとして読めていなかった」可能性は高いけど、それ以上の意味はないと思いますよ。きっと、富裕層の高額消費がーとかいうニュースにでも騙されたんでしょ。いやほんと、外から実感なく報道なんかを見ていたらそう誤解することもある、かもですよ。

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それよりも今日はある訃報に思うところをば書きます。

◆諸井誠氏死去=作曲家、音楽評論家(時事通信)

まずは合掌。またおひとり、としか。ご本人のサイトで年譜、作品一覧が見られるのはありがたいことです。

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吹奏楽畑で音楽的に育った千葉には、諸井誠作品とのご縁がありませんで、聴く方でも最近まで昭和の日本人作品にはあまり手が回らず(例外的に武満作品と黛作品のそれぞれ一部があるのみ)、その音楽にはこれから近づいていこうと思う次第なのです。

ですが、諸井誠先生の著作ならいくつか読みました。「現代音楽は怖くない―マーラーからメシアンまで」、「交響曲の聴きどころ」、あと篠田一士との対談はなんというタイトルだったかな…※たしか、「歴史上の人物」と感じられていたピエール・モントゥーを20世紀半ば過ぎまで活躍していた名指揮者と認識させてくださったのも諸井先生だったと思います(当時はまだ読んでいたレコ芸の連載記事で、ベートーヴェンの交響曲第三番を賞賛されていた、はず)。

※「世紀末芸術と音楽―往復書簡」でした。美術と音楽、文学を時代的並行で捉えるスタンスを共有した往復書簡はなかなか示唆的でしたが、往復書簡形式につきものの隔靴掻痒感もなかなか…だったように思います。



個人的な接点はない、のですが、一度だけ演奏会場でお見受けしたことがありました。埼玉会館でのベルティーニ&都響によるマーラーの交響曲第九番、ってことはもう10年くらいも前の話になりますか。ふむ。

千葉はその演奏会の前に、かなりがっかりな同曲の演奏会を聴いていたものだから、いささか傷はあるし(なにせ会場の埼玉会館は演奏者をまったく助けてくれない、なにしろ残響がほとんどないので)、中間楽章にはまだ手が入っていない部分も散見されたのだけれど、入魂のと言えるだろう演奏に満足して、終演後もしばし席でぼんやりしてから帰るかと立ち上がりましたところで、一団の年配の方々に行き会いまして。その中でもっとも熱心に、いささか上記した面持ちで「これが本物ですよ!」などと話されていたのが諸井誠先生でした。先生が何と比較されているのかはわからないながら「ですよね~」と内心激しく同意し(前述の理由もあって必要以上に)、ある意味では「師匠」と思う人と演奏の受取りが近かったことに喜び、と不思議な感慨を覚えたものです。しみじみ。

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個人的にはですね、ジャンルを問わずこのお国は「昭和」をきっちりと終わらせないといけないと思っているのだけれど(こういうニュースのたびに言われる、いわゆる「昭和が消えていく」系のフレーズとは逆で、相応の認識をもって先へ進む姿勢をちゃんと作ることの必要、ですよ)、そういう考えとは別にこうして先人が亡くなられていくのはなんとも、不勉強やら申し訳なさやらが頭をよぎります。及ばないなあ、と感じて立ち止まるのが一番悪いのですけれど。

ともあれ、今日はまず合掌、これから主に遺された音楽を知るように努めます。お疲れ様でした。

では本日はこれにて。ごきげんよう。