さて、千葉は先月がヤナーチェク月間だと申しましたが、実際のところ今日からの上演に行かれる方にとっては3月がそんな月になることでしょう。そう確信するだけの、素晴らしい上演に出会えました。
という記事を書きました。まだ2016年は先が長いですが、新国立劇場「イェヌーファ」は千葉の今年のベストワン候補になりました。いや、もしかすると千葉のオールタイムでもベスト級の上演です。今からでもまだ間に合いますので、ぜひ。
●新国立劇場「イェヌーファ」が名演で開幕
ここまで書かせていただいた紹介記事では、「音楽を中心に」と限定して言及してきましたが、初日の幕が開いたのできっちりと全力で、この上演が描き出すドラマの話をさせていただきました。
チェコではいまも原作戯曲どおり「彼女の養女」と呼ばれるこの作品、今回の上演はかなりのところまで「彼女」ことコステルニチカの物語として展開し、しかし最終的に「養女」イェヌーファが未来へ進む物語に転換して終わります。この劇的な演出ひとつとってもこの作品の最良の舞台として記憶されましょうし(事実、この舞台は欧州ではすでに高く評価されていますし、その模様を収めたDVDはグラミー賞にノミネートされていたことは先日も書きました)、加えてト書きのない部分まで踏み込んでより緊密な劇に仕上げた手腕は圧巻です。オリジナルの演出を創りあげたクリストフ・ロイ、そして今回の上演のために来日したチーム(今回、演出補のエヴァ=マリア・アベライン以下、少なくないメンバーが日本公演のために来ていました)への称賛は惜しまれるべきではありません。
そして、前回も書きましたがトマーシュ・ハヌス指揮する東京交響楽団の出来は賞賛するしかないものです。オーケストラ・リハーサル、ゲネプロとよりいい仕上がりとなっていましたが、初日の公演はさらにその、ずっと上を行く出来でしたから、ヤナーチェクの音楽が好きな方がこの公演に行って裏切られることは絶対にない、と言わせていただきます。できたらここは信じてほしい(笑)。この上演に触れれば、「ヤナーチェクが20世紀を代表する作曲家の一人だ」と確信してお帰りいただけるはずです。
本公演を聴いたことでハヌスについてわかったことを、少しだけ書いておきましょう。「ヤナーチェクのオペラを得意とする」と評される指揮者は、多くの長所を持ち合わせていなければなりませぬ。もちろん、「ああチェコの指揮者だよね、ヤナーチェクのオペラ振るんだ」くらいのゆるい気持ちでこう評する人もいましょうけれど、千葉はそういうつもりで申し上げるつもりはありません。
まず第一に、もちろん「作品をきっちり手に入れていること」。まあこれは指揮者である程度以上の評価を受ける人には必ず求められるものですから、当たり前といえば当たり前ですけれど、こと演奏頻度の高くないヤナーチェクのオペラともなれば、作品に通暁しているだけでも貴重です。そりゃあ伊達に各地でヤナーチェクを指揮していませんよ、彼。「チェコの言葉がネイティヴにわかる」という強みはあるにせよ、あれだけの演奏ができるほどに作品理解が深いマエストロはそういません。
次に、指揮者としての基本機能が高いこと。いわゆるクラシック音楽とは異なる発想、展開が多いヤナーチェク作品をきちんと演奏するためには耳が良くてリズム感がよくて、なにより演奏家とのコミュニケーションに長けていることがとにかく大事です。千葉が昔から「嫌いな指揮者の条件」(笑)として挙げている、「特にすることないから旋律パートを見てにやにやしてる」「両手がいつも似たような仕事をしている」なんて指揮では、この音楽で起こるべき事柄がほとんど抜け落ちてしまうでしょう。
そして、ハヌスについて特に感じたのは「テンポ感が良い」ということでした。場面を描き分けるのに、過去のクラシック音楽が用いてきた形式やオーケストレーションなどによる「常套句」が使えないヤナーチェク音楽を演奏して高い効果を上げるには、場面のそれぞれを求められるテンポで演奏することが実に重要なのだ、と初日の公演を聴いて感じました。冒頭から引き締まったテンポで始まる彼の指揮する「イェヌーファ」は、全篇を通じて緩むことなどありませんでしたし、なんとなく演奏したような場所もありませんでした。そして、何度となく登場する全休止の「雄弁さ」もまた、彼の持つ「テンポ(=時間)」感覚ゆえだろうと思われます。
果たして他の作品を指揮するとどうなのだろう、いやまずはまた「イェヌーファ」を、もしくは別のヤナーチェク作品を聴いてみたい。トマーシュ・ハヌス、覚えてくださいね(二回め)。
いやむしろ、ヤナーチェクの音楽に不慣れ、不案内だからと尻込みされている方こそ、この機会を逃していただきたくないです。未知の作品でも最良の演奏で出逢うことができれば、その一度で多くのものを受けとれるわけですから、ぜひ。こういうサーヴィスもありますから、オペラは高いとか言わず。そこをなんとか。
ちなみに、ですが。日曜の公演からもう三日が経とうというのに、千葉は今でも脳内で突然「イェヌーファ」のそこここが鳴り出して、その都度手元の録音で渇を癒やそうと思い、そのたび「いやあの演奏ほどの録音なんか手元にないぞ」と気づいては脳内で音が鳴るに任せるという、なにか中毒のような症状に襲われています(笑)。今回の公演、レコーディングしてくれませんかしら。本気で。
なお、Wiki的に個人の方が対訳を掲載している「オペラ対訳プロジェクト」にも「イェヌーファ」の歌詞がこの公演を前に掲載されました。気になるけどよくわからないYO!という方はそちらを見ていただくのもよろしいかと。その上で、もうちょっとヤナーチェクについて当たりをつけたい方には千葉の記事もご参照いただければと。
今晩の上演を含めてあと四公演、お見逃しなきよう。という記事を書いたよ、というご案内でした。ではまた、ごきげんよう。
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